3,同志
アクネの西部に位置する町、ウェルド。その町の東部に魔族掃討軍第1008小隊の活動拠点がある。
「昨日の早朝、イオリアの西部にある第5魔族収容所にて、収容していた魔族が全員脱獄するという事件があった」
小隊長の言葉に、隊員たちがざわめく。
「静かにしろ。……容疑者はその収容所の看守の北原信冶だ」
隊長はその男の顔写真を隊員たちに見せる。
「現在、この男は魔族の女を連れて逃亡中だ。……そこで我々は、今日よりアクネとウェルドを結ぶ主要な道路に警戒態勢を敷く。各自、これから指示する持ち場につくように!」
「はい!」
隊員たちは気を引き締めたようだった。
「そうだ、それから……上田瑞紀!」
「は、はい!」
「お前は第8魔族収容所へ異動になった。近くだが、ここにある荷物まとめとけ」
「あ、はいっ!」
「よし、それでは、それぞれの持ち場を指示する」
隊長の指示が済み、隊員たちが解散した後、瑞紀は休憩室に入った。部屋には彼女以外、誰もいなかった。……と、1人の男が部屋に入ってきた。
「いいの?行かなくて」
瑞紀が問う。
「ああ。俺の担当、明日だから」
男……若松啓太は答えた。
「やったな。狙い通り、第8収容所」
瑞紀は頷く。
「うん。……だけど、先越されちゃったね」
「うーん、そうなんだよなあ……。これで警戒レベルは間違いなく上がったはずだからな……」
啓太は溜息をつく。
「いっそ、その……北原信冶って人に協力を要請してみたらどうかな……?」
瑞紀が提案する。
「そうだな。向こうだって、仲間ほしいだろうし。……よし、じゃあそれは、俺がなんとかするよ。瑞紀は……、アズサのこと頼む」
「分かった。とりあえず、アズサに会ったら連絡入れるね」
「ああ、頼む」
◆ ◆ ◆
翌日。啓太は、自分の持ち場からは少し離れた丘の上にいた。
しばらくすると、無線連絡が入った。
『こちら、アクネ・ウェルド境界付近!北原信冶と接触しましたが、確保に失敗しました!北原は801号線を通っていきました!』
「801号線か……いい所行ったな」
啓太は丘を下りると、その道の真ん中に立つ。
やがて、1台の車がこちらに向かって走ってきた。啓太は両手を大きく広げる。
「止まってくれっ!」
車は、止まった。そして中から、剣を構えた男が出てきた。
「お前、北原信冶だろ?俺は1008小隊の若松啓太だ。このまま行くと俺の仲間たちと鉢合わせして、面倒なことになるぜ」
「何でそれをあんたが言う?」
信冶は油断なく剣を構えたまま、訊いた。
「……お前らに手伝ってほしいんだ」
啓太の言葉に、信冶は少し意外そうな表情をした。
「ど……どういう意味だ?」
「助けたい魔族がいる」
「魔族を……助けたい?」
「ああ。……ここじゃすぐ見つかる。裏道に入ろう」
信冶は、まだ構えを解かない。
「……信じてくれ。頼む」
啓太は信冶の方へ剣を投げ、頭を下げた。そこでようやく、信冶は構えを解いて、彼を車の助手席に乗せた。由実香は後部座席に移る。
「ありがとう。……50メートル先のところを、右に」
「……?道ないぞ?」
「そこだ、そこ。若干草が低くなってるだろ。この車でも走れないことはない」
「……」
しばらく進んでいくと、森の中に入った。
「……本当に大丈夫なのか?」
信冶が不安げに問う。
「大丈夫。もう少し行くと、ちゃんとした道に出る。……でも、一旦この辺で止めてくれ。さっきの話の続きをする」
信冶が車を止めると、啓太は話し始めた。
「俺は、魔族の掃討が始まる前に、ある魔族と偶然出会ったんだ」
「魔族の支配時代か……」
信冶の呟きに啓太は反論した。
「支配してたのは、ごく少数の魔族だけだ。ほとんどの魔族は普通に暮らしてただけだ……ってそいつは言ってた」
信冶は由実香の方を見る。由実香は大きく頷いて見せた。
「……まあ、とにかく、俺はその魔族……六神殿梓と知り合って……」
啓太はそこで少し口ごもった。
「?」
信冶と由実香は顔を見合わせた。
「それで……まあ……俺らは付き合い始めた」
啓太はやっとのことで続けた。
「えっ……!?」
「それって、啓太さんと梓さんは恋人同士ってことですか……!?」
由実香が尋ねると、啓太は小さく頷いた。
「……なんだよっ、お前らだってそういう感じじゃねえのかよっ!?」
「えっ、いや……」
啓太の返しに、信冶は曖昧に返事をし、由実香は俯いた。
「……まあ、それは置いといて……、付き合い始めたと思ったら、これだ。梓は掃討軍に捕まった」
「……」
2人は黙って聞いている。
「俺は数年かけてようやく、梓のいる収容所を見つけたんだ。そして、あいつを助けるために軍に入隊した」
「なるほど……」
「今現在、俺はまだ収容所には行けてないが、俺の仲間が看守に任命されて、今日向こうに行った」
「仲間?」
「ああ。上田瑞紀っていうやつがいる。俺が梓と知り合ったのとほぼ同時に会ったやつだ。梓ともすぐに仲良くなって、3人で会うことも多かったな」
(3人、か……)
信冶は、ほんの数ヶ月前まで共に働いていた、友人たちのことを思い出した。……今となっては、敵だが。
「もう梓は捕まってから数年が経ってる。急がないと中央に連れてかれちまうんだ」
そこまで言うと啓太は、2人に向かって深く頭を下げた。
「頼む!協力してくれ!梓を助けたいんだ」
信冶は、由実香を見た。由実香は頷いた。それを見て、信冶も頷き返す。
「……分かった。協力する。でも、そろそろお前、戻らないとマズイだろ。携帯で連絡取り合って作戦立てよう」
「ありがとう!」
ちょうどその時、無線連絡が入ってきた。
『北原はどうした!?応答せよ!』
『こちらA2ポイント。北原は見つかりません』
『こちらC5ポイント。北原、現れません』
啓太も、それに続いた。
「こちらB8ポイント。北原は見つかりません」
その日の夜、勤務を交代した啓太が携帯を開くと、メールが1通届いていた。信冶かと思ったが、送り主は瑞紀だった。件名は「梓に会えました」。
(よかった、無事に会えたみたいだな……)
メールを開いて、しかし啓太は固まった。
『梓に会えたよ。とりあえず病気にかかってたり、怪我してたりってことはないから、安心して。……ただ、心の方がね……。「助けに来なくていい」って言われちゃった……』