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兄弟物語

兄弟物語(3) 料理編

作者: ハルト

 日曜日。学校もなくて一週間におけるオアシスといっても過言ではない日。

 俺こと健全でごくごく普通な中学生シュウは、貴重な休日を自室でだらだらと過ごしていた。


 畳に寝っ転がって友人に借りたマンガを俺は読みふける。


「シュウ。どうせ部屋にいるんでしょ、ちょっと来て」


 自室の薄い壁や襖を通してそんな女の声が聞こえた。

 もちろんこの家に女は一人だけなので、俺は完全シカトを決め込んでマンガのページを捲る。できる限りあの女には関わりたくない。


 あの女といえば、あの女。俺の姉のルリだ。

 女子高校生という身分だが、性格は自分勝手かつ暴力的という、姉としても女としても人としてもできるなら関わりたくない部類のヤツだ。

 だが同じ屋根の下に暮らす身としては避けられない相手であり、俺は毎日のようにルリに虐げられているとてもとても可哀そうな少年なのである。


 姉の呼びかけを無視して、漫画の主人公がビルからジャンプしてさてどうする!? というシーンを目にした所で部屋に木が割れるような音が響く。

 どうやら襖が倒れてきたらしい……と倒れた襖の隣で固まっていた俺は、少々長い時間をかけて状況を理解する。戸口にはルリが立っていた。


「姉貴! 俺に襖が当たったらどうするんだよ! ってか扉壊すんじゃねぇ」


 そこまで勢いよく言ったのはいいが、部屋に足を踏み出す女の顔を見て俺はこの時のことを後悔した。


「シュウ? お姉さまが呼んだんだから即刻、迅速に、なにもかも捨てて、ね? 返事するのが兄弟愛ってものじゃいかしら?」


 ルリは兄弟愛を誤解してやがるッ。


 でもそんなことは口に出して言えなかった。

 なぜなら姉貴の顔はまさに般若だったからだ。般若相手に一般ピープルが何を言える? いやいや無理だろ。


 ……制裁を受けながら、やっぱり俺はこの暴力姉貴に人生をどん底に突き落とされているのではないか――と思う、今日この頃だった。





 姉貴にボコボコにされた俺が逃げるように一階に下りると、居間で弟のタケルがせんべいを食べながら、昼前のニュースなのかバラエティ番組なのかよく判らないテレビを見ていた。


 小学生のタケルは末っ子だが、ルリのように暴力は振るわないし我儘も言わない。学校の成績も良いらしいし、手を焼かせることなどほとんどない歳の割にしっかりした弟なのだ。

 だが冷めたような目でブラウン管の中のバラエティの出演者たちを見ている姿は、兄として将来がどことなく心配になったりする。

 あ、うちでは地上デジタル放送なんぞみられない。画面の隅に『アナログ』の文字がいまだに浮かんでるぜ。


「すごい音だったね、シュウ(にい)


 俺に気がついたらしいタケルは、特に心配する様子も見せず淡々とそう言った。むしろまたかと言わんばかりに呆れているようにも見える。……か、悲しい。

 

「あれ。兄貴は? 今日はバイトないって言ってたけど」


 我が家は四人兄弟である。その長男である大学生のユージは、見た目はそこそこ良いと言われているが中身はウザい。なので兄弟たち(主に俺とルリだが)から少々煙たがられている男である。

 しかしユージはバイトがない休日を、大抵家事に勤しんで家の母親代わりを担う。……それに関しては感謝してない事もないんだぜ。


 家のどこにも兄貴の姿がないことに俺は首を傾げた。


「ユージにいは友達がこの辺に遊びに来てるらしくて、出て行ったよ」

「……兄貴もたまにはゆっくりしたいだろ。俺が昼をつくりますか」


 一応家事は兄弟内で分担しているが、ほとんどユージが家を仕切っていると言っても良い。料理のひとつやふたつ代ってやらねば。

 だが俺の言葉にタケルは不安げな表情になった。


「大丈夫なの? シュウ兄って、料理できたっけ?」

「焼くくらいなら俺だってできる。家庭科でもハンバーグ作ったことあるし、なんとかなるって」


 ただしその時は同じ班の女子が9割くらい料理してたけどな。俺ともう一人の男子は邪魔者扱いされて洗い物しかしてねーけど!


「インスタントラーメンでいいんじゃない?」

「少しくらい俺の腕に期待してくれよ……」


 タケルが冷静に判断して簡単料理を進すすめてくれるが、そう言われると逆にインスタントに頼りたくなくなるのが(おとこ)ってもんだ。


「大丈夫だ。お前は座して待て!」

「非常に不安なんだけど……」

「ああもう、文句は食った後言え!」


 腕まくりをした俺は意気込んで台所に行く。タケルも心配なのか、後ろからついて来た。


「さて、と。初めは形からだな。おいタケル、エプロンってどこにしまってあったっけ?」

「え? そんなことも知らないの? 大丈夫?」


 エプロンぐらいでそこまで心配されるのは正直心外なんだが……まあいい、ここは兄として何も言わないでおこう。


 呆れながらもタケルが床板を軋ませながら隣の部屋――親父の部屋に走って行った。

 あまり家に帰らない親父の部屋は、半分が家族の誰かの物か判別しにくいものの物置状態だったのだ。例えば兄弟が共同で使っている物。エプロンは勿論、脱衣所に置ききれなかったタオルや客用の布団などなどだ。

 しかしそこから戻ってきたタケルに、俺はストップをかけた。


「待て待て待て待てぇえええ!! それはいい! それは持ってこなくて良いッ!!」

「どうして?」


 不思議そうに首を傾げるタケル。そこには邪気はなさそうだ。

 しかし! しかしだな!

 タケルの手にしているエプロンがピンクなのは、俺の目の間違いじゃないだろう!?


「タケル君。それは兄貴のエプロンじゃないのか?」


 そう、兄貴がいつも身に着けている、大きなチューリップのポケットが付いたフリフリエプロンだ。それを俺にも身につけろと……?


「別にユージ兄のじゃないよ。だってお父さんの部屋にあるのは皆の物でしょ?」

「いや、まあそうだが」

「なら別に使っても大丈夫でしょ。はい、どうぞ」


 俺の手を掴んでわざわざエプロンを手渡すタケルが悪魔に見えたんですが。血は争えないのか。タケルにもあの女と同じ血が混じっているということか……いや、俺もそうなんだけどね。

 しかも悪意がないだけ拒否も抵抗もできねぇええ!!


 そういうわけで、俺はしみだらけの天井を見上げながら涙をこらえた。


「あ、ありがとな」

「せめて食べられる昼食を作ってよね」


 そして俺は……ラブリーなエプロンを……身に着ける……。


 クソ……学校の奴らに絶対みせられねぇ……ッ!!


「シュウ兄なにつくるの?」


 涙をのんで昼食作りのため冷蔵庫を漁り始めた俺に、タケルが訊ねる。


「ふっふっふ……給食でも人気の庶民の味方、焼きそばだッ!!」

「それならさすがのシュウ兄でも食べられる物になりそうだね」

「そういう事言う子にはやらねーぞ!?」


 傷ついた俺がそう言うと、タケルは冷静に俺をなだめやがる。


「まぁまぁ落ちついてよ。で、材料は足りるの?」


 兄ちゃんにもプライドってもんがあるんだぜ!?


「そうだな。麺はあるけど具は……お、キャベツに人参、玉葱……結構あるじゃん」

「紅しょうがは?」

「あるある。前に使った余りか? 賞味期限大丈夫かこれ。まあ死にはしないか」

「えー」

「あとはしいたけとか、魚とかもいれてみるか! たしかアジが残ってたよな」

「ええー」

「やべ、肉忘れてたっけ。って牛肉しかねぇしッ! 旨そうだしこれでいっか」

「シュウ兄」

「チーズいれてみるか! 粉のやつ。あとバター!? それからハムにトマトとか……なんか洋風焼きそば的なもんになるかも!」

「シュウ兄ってば」

「きゅうりとかほうれん草もいれてみるかなー」

「シュウ兄ッ!」


 珍しくタケルが大声を出す。


「……シュウ兄、わざと言ってるんだよね?」

「バレたか。……いッ!?」


 俺はその場にうずくまる。

 タケルが俺の美脚をけとばしやがった。しかも弁慶の泣き所をクリティカルヒットだ。

 ふざけんな。ちょっと弟からかっただけじゃないかごめんなさい。


「りょ……料理得意じゃないんだし、俺だってガンガン余計な材料足して自滅するようなチャレンジはさすがにしないぜ……」

「シュウ兄なら調子乗って食べられない創作料理作っても違和感ないけどね」

「でもいま俺が言った材料ならギリギリ食えそう――」

「もういいから普通に作ってよ」


 ぴしゃりと厳しい口調で言われ、俺は素直に返事する他なかった。


 そして俺は……四苦八苦、右往左往悪戦苦闘しながら炎と戦い材料を炒め麺をぶちこみ――――焼きそばを完成させた。


 しかし完成……というのか?


「……これは酷いね」


 タケルその言葉が俺の料理の成果をなじる。


 フライパンの中はなぜか半分黒コゲ。干からびて硬そうな麺はとてもじゃないが美味しそうには見えない。


「…………人間食おうとすればなんでも食えるよな」

「それをシュウ兄が言うの?」


 ジトーと横目で見られる。


 ショウガナイジャナイカッ!


「もう焼きそばじゃなくて、焼きすぎそばだよね」

「うるさいうるさーい! 食えばけっこう美味いかもしれないだろ!?」

「えー……」


 タケルは箸を取り出し麺を口に入れた。一瞬でタケルの表情が崩れる。


「……うん、まあ……焦げた味がするよね」


 実はものすごく美味かった! なんてこともなく、普通にまずいらしい。


「ですよねー。しょうがないからインスタントラーメンにするか……」


 焼きそばの皿を下げようとするとタケルがそれを止めた。


「いいよ。僕これ食べる」

「いやでもまずいって――」


 そこにルリが帰ってきた。手にコンビニの袋を持っていたので菓子でも買いに行ってたらしい。……というか、姉貴が俺の部屋に来たのは俺をコンビニに行かせるためだったのか……?


 台所の戸口に立つルリの後ろには、ユージもいた。


「ただいまー。お昼おそくなってごめんね」


 長男ユージはネギが飛び出た愛用の買い物袋を食卓に乗せた。


「そうだ! ただいまのハグしないと!」

「は?」


 なんといきなり兄貴が抱きついてきやがったッ! きめぇ!


「なにしてんのよッ」


 ルリは俺に抱きつくユージの頭をはたく。ユージは俺を放すと今度はそのルリに抱きついた。


「兄貴すげぇ。姉貴の攻撃を受けといてダメージ0だと……?」

「そこは感心する所なんだ」


 だが「ルリちゃんってば焼きもち焼かなくたっていいのにー」と姉貴に抱きつく兄貴はやっぱりきめぇ……。さらにタケルにも抱きつきやがった。


 まったく兄貴の抱きつきグセはどうにかならないものか、と思っていると、ユージの抱擁にげんなりした様子のルリが卓上の物体に気がついた。 


「あら? なんか作ったっぽいわね」

「シュウ兄が焼きそばつくったんだよ」


 タケルが言うとルリもユージも驚いた。俺を凝視すると食卓の上の皿の中をまじまじとのぞく。


「シュウがお昼作ったのか?」


 ユージの疑問に俺は額を掻く。


「まあな。でも失敗しちまってさ」

「ホントだ。黒いし硬そう」


 マイ箸をタケルから受け取ったルリが焼きそばを食べる。


「ソースの味はするけど苦いしまずいわ」

「なら食うなよ」

「優しい優しいお姉さまは弟の涙ぐましい努力を無下にしたりしなくてよ!」

「てめぇ顔笑ってるじゃねーかッ」


 憤慨しつつ実はストレートな言い方に俺はヘコんだ。

 これ以上失敗作を笑われる前にさっさと片づけよう……と思ったんだが、ユージが俺の手からさっと皿を奪った。


「待て待て。俺はまだ食べてないよ」


 そしてユージまで焼きスギそばを味見する。


「…………。悪いシュウ。俺がちゃんとシュウに料理を教えてあげてればこんな悲惨なことにならなかったのに……」

「うっせぇ!」


 ユージが目からダダーッと涙を流す。

 文句言われるよりマジ泣して同情されるほうが嫌だわッ!!


「シュウはユージに弟子入りでもした方がいいんじゃないの?」

「うんうん、今からでも遅くないぞ。怖がらなくていいからな、きっと美味しい焼きそば作れるからなっ」


 そんなことを言いながらルリとユージはパクパクと焼きそばを口に放り込む。


「だからまずいなら食うなっての! ユージだって帰って来たんだし、ちゃんとしたの食えはいいだろッ」


 しかし俺の叫びに三人は、


「食べられないことないし僕はこれでいいよ」

「俺もシュウが作ってくれた焼きそばで十分だ」

「材料もったいないでしょ。次は美味しい焼きそば作ってよ、シュウ」


 三人は言いながら、俺が作った焼きそばを食べるのを止める様子もない。


 なんなのこいつら。俺へのいやがらせか?

 文句が言いたいから無理して食ってんのか?


 ユージ、ルリ、タケルはまずいまずいと言いながら笑っている――。


「……」


俺は深い深いため息をついた。


「おまえらさぁ」


 焼きそばをもそもそと食ってる三人が立ったままの俺を見上げた。


「……俺の分もあるんだからな」


 俺も椅子に座る。

 ユージがてきぱきと俺の分をよそってくれた。干からびた麺を口に入れる。


「まずっ!」


 思わず自分で言っちまうとタケルもルリもユージも笑った。


 今度は絶対うまいと言わせてやるからな。

 そう思いながら俺はぼりぼりと麺をかみ砕いた。





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