出席番号
今日は絶対に逃れられまい。
さされる。
ともすれば、連続2回までもあり得る。
5月31日(金)。
日直欄に貼られたのは、やや斜に傾いた、薄く赤い磁石。
記された名前は幸村。つまり私。
本校の出席番号はあいうえお順。
言うまでもなく、今日は指される日だ。
こめかみに、棘のある熱が集まってくる。焦りで喚きたくなるが、周囲の環境に合わせ、あまり音を立てないように次々とページを進める。
(ない、ない、ない・・・もう時間もないのに。絶対どっかに挟んであるんだけどな)
現在、電子タイマーを貼った黒板の前を無駄に往復する痩せこけた薄毛野郎。こいつはやたらと粘着質なことで有名だ。嫌味を巧妙に織り込んだ言葉遣いは、即座には真意を図りかねるものばかりで、憤りが数秒後にやってくる遅効性のもの。少しでも指名された回答時に淀んだりすれば、飢えたハゲワシの格好の餌食となる。
(だからこそ時間をかけて今日のカンペまで用意したと言うのに!)
今日こそは一泡吹かせて教室の主人公になってやろうかと画策していたのだが、これでは無駄に恥をかかされて終わってしまう。
最後にもう一度、なけなしの記憶を辿ろうともがいてみる。自然と、顔面の筋肉が眉間に向かって緊張を強める。
数秒ほど目を閉じ、すぐに視界を改めた。
角がやや丸く潰れ、文字が縦に並ぶ長方形。
開いていたそれを一旦閉じる。
そういえば、何だかやけに────。
(いや、何か妙に違和感があるとは思ったけどまさか間違えるはずは)
だが、翻したその裏にある漢字2文字は、よく知ってはいても、あまり書き慣れたものではなかった。
「村田」
いかにも女子高生らしい、手描き風フォントのような丸文字。教科書的な美しさからは外れるが、これはこれで魅力があると思う。
(ははん、どうりでちょっと角が丸くなってると思ったら。あいつ、しょっちゅう教科書持って帰る真面目なとこあるからな。)
違和感が解け、左口角が僅かに上昇する。もちろんあの猛禽類には見えないよう、細心の注意を払う。
そして同時に、ポケットのように二重になった裏表紙の間から、紙の角が覗いた。
(おっ!これは澪のやつ、普段こんなとこにプリントなんか入れて・・・)
しかし出てきた紙は二つ折りのルーズリーフだった。確かに、学校のプリントにしては紙質が良く、白すぎる。
(あれ、でも澪ってノート派じゃなかったっけか)
無意識にその紙を開いて見ようとするが、何となく、自分の良心がその紙を開くなと言っているような気がして手を止める。確かに、いくら教科書を取り違えていたからと言って勝手に見るのはモラルに欠ける。だが、ノートを忘れた日に誰かから一枚もらって書いたとも十分考えられる。裏からも、うっすらとそこそこの分量が書いてあることが伺える。
(まさかとは思うけど、ポエムとかの黒歴史だったら知らないふりをしててあげるよ〜)
もう指名されてもどうにもならないと腹を括ったので、友人の教科書から出てきた紙切れに夢中である。
(そういえば昔、借りた漫画にそんなようなのが挟まってたこともあったからして・・・)
数秒前の躊躇などまるでなかったかのように滑らかに紙を開く。
だが、予想に反したその内容に、吸う息が堰き止められ、ほんの数秒、体感時間が滞る。
(これって・・・)
そこにあるのは見慣れない字。筆圧が強いのか、ところどころ黒鉛が左に向かって擦れている。それに、止め・跳ねにブレのある、隠しきれない大雑把感。嫌でも一瞬で書いた者の性別が理解できてしまう。
それは他でもなく、自分に向けた手紙だった。




