03❀ ふたりぼっちの子ども
❀
斉木朱里――その名前は、遠い記憶の奥からにじみ出てくる。
小学校二年生のときに転校してきたちょっと内気な女の子。
黒板の前で紹介されながら、身を縮めていた姿を、今でも覚えてる。
彼女のマンションはうちのすぐ裏手にあり、クラスも同じだったので、一緒に下校することが多く自然と仲良くなった。
彼女も私も、お母さんしかいなかった。
しかも、どっちのお母さんも仕事で夜まで帰ってこなかった。
だから私たちは、ひとりぼっちの子ども同士だった。
朱里がバレエのある日と、私に塾がある日以外、私たちはいつも一緒にいた。
たいてい、学校からそのまま一緒に帰って、私の家で過ごした。
ランドセルを置いて、ふたりして「ただいまー」って言って、おやつを食べて、本を読んで……、それから声を出して笑った。
うちの冷蔵庫を一緒に開けるのが好きだった。
冷たい光がぴかぴかしていて、ゼリーとかプリンとか、宝箱みたいに見えた。
「今日はぶどうゼリー!」
そう言うと、朱里は「やったー」ってはしゃいで、ふたりでスプーンで分けて食べた。
ひとつの椅子にぎゅっと座って。
家の中は、私のものだったけど、朱里と一緒のときだけ、それが全部“私たちのもの”になった。
この家に、朱里が知らないところなんてない。カーテンの裏側まで、私たちふたりのものだった。
朱里はお話が好きだった。
でも文章を読むのが苦手で、特に難しい漢字が出てくると、途中で本を投げ出してしまうタイプだった。だから私は、よく一緒に借りた図書室の本を音読してあげた。
彼女は嬉しそうに耳を傾けて、「すごいねえ」って、くりくりした目で何度もほめてくれた。
私たちは、放課後だけの、ふたりだけの家族だった。
――でも、それはもう過去の話。
何年も前に、きまずい別れ方をしたまま、それきりだった。
どうしてあんなことになったのか、私は今でもうまく説明できない。
朱里は、もともと特別目立つタイプじゃなかった。
けれど、小学校の高学年になるころには、誰よりもきれいな子になっていた。
朱里の顔は、まだあどけなさが残っていたけれど、奇妙なほどに色っぽくて、あやうい魅力があった。
特に、大きなたれ目が印象的だった。
まつげがふわっとカーブしていて、笑うとその目元がやさしく下がった。
肌はとても白く、でも青白い感じじゃなくて、あたたかいミルクみたいな色だった。
彼女の豊かな黒髪がよく映えた。同学年にしては背が高くて、よく中学生に間違えられていた。
ふとした瞬間、男の子たちが後ろから彼女を見てるのに気づくことがあったが、朱里はまったく気づいていないみたいに、ランドセルを揺らして歩いていた。
朱里が話しているあいだ、私はいつも、彼女のまばたきばかりを夢中で見つめていた。
きっとこういう子を「美少女」って言うんだろうなって思った。
でも当時の私には、それがどれくらい“特別なこと”なのか、まだはっきりとはわかっていなかった。
だって、本当に大事な友達で、それはずっと変わらないと思っていたから。




