第8話 集う招待者達
ハワイ沖に建造された、大型海洋研究施設アクアノート。世界最大の規模を誇る巨大な施設である。
地上部分は樹木を植えた、自然豊かなリゾート施設のようになっている。その周囲には太平洋が広がり、特殊なフェンスが囲っている。
天然の水槽と化しており、様々な海洋生物が飼育されている。海中へ続いている研究所からは、海で暮らす生物達がいつでも見る事が出来る。
潜水艇の窓に使われる特殊なアクリル、メタクリル樹脂を使用した廊下の窓から、海中を観察出来るようになっている。
南側にはヘリポートと船着き場があり、海空どちらからでもアクアノートへ訪れる事が出来る。船着き場には、小型のボートや中型の海洋調査船が係留されている。
2つあるヘリポートには1機のヘリが着陸しており、乗客達が降りて行く。先に到着していたのは、日本からの来客である筑波彰人と和田和美を乗せたヘリだ。
潮の香りが海風に乗って、彰人と和美を迎え入れる。彰人は嗅ぎ慣れた匂いを感じつつ、太陽の光を浴びている。
人工的に作られた自然が、彰人の視界へ飛び込んで来た。空中から見た時点で期待していた彰人だが、実際に目の前にすれば感嘆するしかなかった。
画像や映像でなら見た事のあった光景は、実際に目にしてみればあまりにも美しい。彰人には太平洋に浮かぶ楽園のように見えた。
恐らくはハワイから持って来て、植林したであろうヤシの木。カラフルなハイビスカスが植えられた花壇と、空を舞うカメハメハチョウ。
「凄いな……」
まるで小さなハワイを、海上に作り上げたかのようだ。あまりに見事な光景に、彰人はただ感動している。人工的に再現したとはいえ、見た目だけなら自然に出来た島に見える。
周りを囲む大海も合わさり、ここが研究所だという事を忘れてしまいそうな気分になる彰人。そんな彰人の耳に、プロペラの音が聞こえて来た。
2機目のヘリが、アクアノートへ向かって来ている。アメリカ本土からの招待客を乗せたヘリだ。丁度そこへ、アクアノートの施設内から出て来る人影が見えた。
彰人を招待した黒人の男性、アドルフ・ジャクソンだ。パリッとした紺色のスーツを着ている。彼はにこやかに彰人達の方へ歩いて来た。
「出迎えが遅れて申し訳ないミスター彰人、ミズ和美」
「いえ、大して待っていませんよ」
恐縮しながら彰人は、アドルフと握手を交わす。アドルフは彰人よりも少し背が高くガタイも良い。研究室で缶詰めになりがちな彰人と違い、随分と鍛えているようだ。
日本人女性として平均的な体格の和美とは、大人と子供に見えてしまう程だ。アドルフは和美とも握手を交わし、2人を歓迎している。
挨拶がてらの軽い雑談をしている間に、2機目のヘリがヘリポートに降りて来た。プロペラの生む風が、ヘリポートを吹き荒れる。
砂埃が目に入らないよう、彰人達が顔を手で庇う。ローターが停止する音と共に風は止む。続いてドアが開いて、乗客達が降りて来た。
最初に降りて来たのは、金髪に厳つい顔立ちの白人男性。ライフセーバーのルーカス・ブラウンだ。2人の女性達に手を貸して、降りるサポートをする。
「あら! 彰人じゃない! 元気だった?」
明るい動物行動学者、アフリカ系アメリカ人のソフィア・マイヤーズが彰人に気づく。何度かシンポジウムで顔を合わせており、彰人とソフィアは知り合いだ。
「……彰人」
「メイジー……」
続いて降りて来たイギリスの海洋生物学者、メイジー・オルコットもまた彰人と視線を交わす。2人は同じアメリカの大学に通っていた。
知人というには関係が深く、同時に再会するのは少し気まずいものがあった。彰人と交際していたイルカ好きの女性とは、メイジーの事である。
メイジーは別の男性と結婚し、2人の子供を産んだ。今は離婚しており、シングルマザーをやりながら生活している。
「何だ? 君達は知り合いか?」
ルーカスがソフィアとメイジーの反応を見て、察した様子だ。もっとも、メイジーと彰人の関係までは見抜いていない。
「ええ、彼は彰人。日本人の海洋生物学者よ」
ソフィアが彰人をルーカスに紹介する。元軍人でもあるルーカスは、アドルフよりも体が大きい。インドア気質の彰人との体格差は明白だ。
だからと言ってルーカスは、彰人を侮るような性格ではない。フランクに挨拶を交わしながら、手を差し出す。少々ぎこちないものの、彰人は握手をした。
最後に降りて来たのは、30代後半の小太りの男。投資家のアメリカ人、トミー・ホーキンスだ。タラップで少し足を滑らせて、1人で慌てていた。
「おおっと。ははは、今日は風が強いね」
男性がふらつく程の風は吹いていない。しかしトミーは誤魔化せたつもりでいる。微妙な空気が流れているが、トミーに気づいた様子は見られない。
むしろ若い女性である和美へと、積極的に話し掛けている。投資家と知った和美は、とりあえず媚だけは売っておいた。
「彼はその、ずっとあんな感じで?」
彰人は思わずルーカスに尋ねた。トミーは彰人の周りに居なかったタイプの男性だ。彰人としては、リアクションに困ってしまう。
「さあな。今日会ったばかりさ。ただ、変な奴なのは確かだよ」
苦笑しながらルーカスが答える。個性豊かなメンバーが揃い、アドルフがアクアノートの案内を始めた。




