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第7話 ヘリコプターと同乗者

 成田空港を出発したチャーター機に乗って、日本の海洋学者である筑波彰人(つくばあきひと)はハワイ島へやって来た。

 流石に招待を受けたので、普段通りの適当な格好ではない。夏用のスーツを着て、上着を腕に掛けている。

 ハワイからはヘリに乗り換えて、彰人はアクアノートへ向かう。美しい青い海の上を、真っ青なヘリが飛行する。

 

 機体の側面には真っ白な文字で、AQUA NOTEと書かれていた。ヘリの機内には、彰人以外にも乗客が居た。

 20代半ばに見える若い日本人の女性で、160センチぐらいの平均点な身長だ。ただしスタイルはかなり良い。

 タイトスカートから覗く足は細く、スーツの胸元は大きな膨らみを持っている。

 顔は小顔で可愛らしい。黒い髪を長く伸ばしており、カールした毛先が胸元で踊っている。


「筑波先生ですよね? 海洋学者の」


 にこにこと笑いながら、女性が彰人へと話し掛ける。どうやら彼女は彰人が何者か知っているらしい。

 

「ええと、君は?」


「失礼しました。私は和田和美(わだかずみ)。主に遺伝学関連の研究をしています」


 彰人の方は和美の事を知らなかった。少なくとも、チャーター機に同乗はしていなかった。2人は名刺の交換を行い、初対面の挨拶を済ませる。

 このヘリに乗っているという事は、和美もまたアクアノートへ呼ばれた学者だという事。彰人がわざわざ確認を取るまでもない。


「和田さんは、主にどのような研究を?」


 学者同士だと分かった為に、彰人は和美の研究について知りたくなった。単なる雑談程度の話だ。


「収斂進化と遺伝子の影響について調査を。プレスチン遺伝子と言って、分かりますか?」


「……ああ! 確かイルカと蝙蝠の感知能力に、関係がある――だったかな?」


 海洋学者である彰人は、昔聞いた事のある話だった。今はサメの専門家だが、海の生物全般にも一定の知識を持っている。

 和美が研究している収斂進化とは、全く異なる生物が似た能力や姿、生態などを獲得する現象の事を指す。

 その中の1つ、イルカと蝙蝠の音波探知能力と関わりのある遺伝子が、プレスチン遺伝子と呼ばれているもの。

 超音波の知覚に深い関わりがあるプレスチンというタンパク質を、コードする機能を有している遺伝子だ。


「流石は筑波先生ですね。専門外の事にもお詳しい」


「そ、そんな事ないですよ。たまたま知り合いに、イルカ好きの学者が居ただけです」


 彰人が学生時代から数年前まで交際していた女性が、イルカを専門に研究している学者だった。

 お互い研究に没頭すると周囲が見えなくなるので、そういう意味ではお似合いのカップルだったと言える。

 ただそんな生活が、いつまでも続けられはしない。結婚と子育てがしたかった彼女は、彰人の下を離れて行った。

 彼は仕方がないと思っていたし、サメの研究を止める気にはなれなかった。1人でも恋人が出来ただけ良しとした。

 そんな元カノが、かつて彰人に教えてくれた事。イルカのエコーロケーションにまつわる話だったから、知っていたというだけ。

 

 そもそも収斂進化については、サメとイルカは深く関わっている。この2種の体型については、収斂進化の代表例だ。

 両者とも水中を素早く移動する為に、流線型の肉体を進化の過程で得ている。だがサメは軟骨魚類で、イルカは哺乳類である。

 全く別の生物でありながら、辿り着いた答えは同じだった。水中で優位を得るのは、現在の体型だったのだ。

 この話題で元カノと仲良くなり、彰人は交際へと発展した。それも既に過去の話に過ぎない。

 おだてられる程の話ではない。実際彰人は、遺伝子について深い知識を持っていない。彼の専門分野ではない。


「そうだったんですか。あ、もしかして恋人だったりします?」


「……昔の話ですよ。僕はずっと独身です」


 苦笑する彰人を、意味有りげな視線を向ける和美。彼女は学者気質の男性に取り入るのが得意だった。

 こうしてアクアノートへ呼ばれたのも、その技術を使って成り上がって来たからだ。もちろん学者としても優秀だ。

 持っている知識と調査力は本物であり、汚い手段ばかり使って来たのではない。そういう面もあるというだけ。

 故に和美は、上手く取り入れそうな相手を見逃さない。何かの機会に使えそうなら、有効活用していく。

 彰人は有名な学者である為、彼女にとって有用な相手の1人である。仲良くしておいて損はないのだ。


「勿体ないですねぇ。先生と結婚したい女性なら、沢山居そうですけど」


「ははは、気遣いは不要ですよ。サメと結婚すればいいと、仲間からよく言われるぐらいですから」


 彰人は性欲が薄く、その分研究へエネルギーを向けているタイプだ。和美が少し刺激したぐらいで靡く事はない。

 そんな調子だから、元カノと破局してしまったのだ。あまり望み通りの反応を得られず、和美は心の中で舌打ちをしていた。

 だが利用すべき男性は他にも沢山いる。彰人についても、初手で気を引けなかっただけ。いくらでもチャンスはある。


「私は魅力的な男性だと思いますよ」


「あ、ははは……ありがとうございます」


 乾いた笑いを上げつつ、彰人は会話を濁した。元々男女の駆け引きなんて、まともに出来る男ではない。

 和美から露骨なアピールをされても、上手く対応なんて出来ない。微妙な空気が流れる中で、ヘリは飛行を続けた。

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