第5話 洋上に浮かぶ研究施設と噂について
太平洋のハワイ沖、アメリカ本土との間に浮かぶ人工の島。世界最大級の海洋研究所、アクアノートだ。
海上に浮かぶ地上部分だけで、300平方キロメートルを誇る。その周囲を、海洋生物の暮らすプールが囲んでいる。
トータルの面積は600平方キロメートル。日本の琵琶湖と殆ど変わらない巨大な研究所である。
海中の施設は水深400メートルまで続いており、常に最新の技術で設備が更新され続けている。広大な分、その維持コストは高い。
噂ではアメリカ政府から資金提供がされていると言われている。しかしその額はハッキリとしていない。
現在の大統領は、公平に各研究へ資金援助をしていると発表している。アクアノートだけ特別扱いはしていないと明言した。
それだけではなく、日本政府からも多額の資金援助があるとSNSで話題となった。しかしその件もまた、日本政府は否定した。
日米の資産家や、協力している企業からの資金提供もある。あくまでどれもクリーンな資金だと、アクアノートも声明を発表。
一部の陰謀論者からは、日米で軍事施設化を図っているとの指摘があった。だが10年経っても、米軍が出入りした記録はない。
米軍機が立ち寄る事すらなく、今日まで運営されて来た。施設内で働く研究者達も、海洋研究所だと断言している。
妙な噂を信じないで欲しいと、所長自ら過去にメディアのインタビューに答えていた。
ここには核ミサイルも無ければ、エイリアンも居ないと発言し、笑いを取って会見は終了した。
定期的に様々な疑惑が持ち上がるものの、どれも証拠はなくインターネットの噂レベル。
本日もアメリカ本土で記者会見が開かれているが、記者達が尋ねる質問はどれも根拠のないものばかり。
会見の会場で所長の男性が、ユーモアを交えながら明るくハキハキと話している。
「私が元軍人だからって、変な質問は困りますよ。まさかモササウルスを飼育しているなんて噂、本気にしていませんよね?」
40代の体格に優れた金髪の男性が、記者達に笑い掛ける。美しい碧眼は、冗談だろうと訴えている。
彼の名前はバート・ギブソン。191センチの身長に体重は80キロと、退役しても筋肉質な男性である。
バートはかつてアメリカ海軍に所属していた元エリートだ。30歳で少佐となり、36歳の時に軍を辞めた。
それが丁度9年前の話で、バートはそのままアクアノートの職員となった。彼は2年で所長となり、今もその地位に就いている。
「生きているというなら、むしろ飼育してみたいですよ。是非アクアノートまで連れて来て下さい」
にこやかに笑いながら、バートは返答を続ける。様々なメディアから、質問が飛ぶ。
「日本の自衛隊と、新しい原子力潜水艦を作っているという噂がありますが――」
「潜水艦? あんな水槽の中で? うちは造船所じゃありませんがね」
一般公開されている範囲で、軍事施設と断定出来る点はなかった。むしろ真っ当な研究所というイメージが強い。
水深の深い機密エリアこそ秘匿されているものの、もしあれで軍事施設ならば、無駄な場所が多過ぎる。
イルカやシャチ、アザラシ等を飼育しておくスペースなんて無駄そのもの。一般の人々はそう考えている。
日米の軍事施設なんて噂を、今も信じている人はごく一部の人間だけだった。
「そもそも日本が共同で潜水艦を作っているのは、オーストラリアとでしょう。アメリカが協力しているのは半導体やレアアースですよ」
バートは何一つ言い淀む事なく、メディアの質問に答え続ける。少なくとも会見を見る限り、怪しい様子はない。
終始笑顔のバートが話を続けるだけで、会見は終了時間を迎える。丁寧な対応を続けたバートは、ゆっくりと会場を去って行く。
彼の秘書をやっている女性が、バートの後を着いて行く。きりっとした美しいアジア系の若い女性だ。
手帳を取り出し今後の予定を説明しながら、バートと共に歩いていく。会場を出て、待っていたリムジンへ2人で乗り込む。
2人だけの空間になったと確認し、極秘の報告について女性が話し始める。声のトーンが少し下がった。
「所長が推薦した例の元軍人と、日本の学者が了承したと連絡が入っています」
「へぇ、アドルフを雇ったのは正解だったかな」
にこやかな表情を崩さないまま、バートは懐から葉巻を取り出し火を点ける。満足そうに一服する。
彼らを乗せたリムジンは、空港を目指してワシントンの街を走行している。これから資産家との会食へ向かう予定だ。
バートが勧誘した元軍人のルーカス・ブラウス、そして日本人の海洋学者である筑波彰人。
彼らは既にバートが用意したチャーター機で、アクアノートへ向かっている。バートの予定が済み次第、アクアノートへ向かう手筈となっている。
それから他の招待客と共に、大切な研究について途中経過を披露する。彼らの興味を引き、研究の手伝いをさせる為だ。
「きっと彼らも気に入るだろう。この最高の研究成果を目にすればね」
彼はスマートフォンを取り出し、とある写真を確認する。そこには巨大な何かが写っていた。




