第43話 海中を進む生存者達
本日3話目です。
アクアノートの北側10階。水没してしまった通路を、酸素ボンベを背負った集団が進む。
北側10階と20階を繋ぐエレベーターを犠牲に、10階へと侵入を果たした。もうエレベーターは使えない。
操作パネルが海水で水没した。そう遠くない内に、回線がショートしてしまうだろう。
いつまで海水の重みに耐えられるか、という問題もある。つまり、後戻りはもう出来ない。
生存者の集団、36人で水中を進んでいる。外側を武装した男性が囲み、内側には負傷者と女性がいる。
「俺達は本部へ向かう。行くぞ、ルーカス」
「はいよ」
ぎりぎり全員分の通信機が残っており、水中でも意思疎通が可能だ。骨伝導で通話が交わされる。
バートとルーカスが集団から離れ、別の方向へ移動していく。残りのメンバーは、4階を目指す。
北側9階から、浸水していない南側9階へと、移動する案もあった。しかし、デメリットが幾つかある。
まず水圧差の問題で、ある程度南側9階を浸水させないと、南北を繋ぐドアを閉められない。
今も無事なエリアを、これ以上浸水させるのはリスキーだ。特に南側10階と、海水で繋げたくない。
最悪10階にいると思われる、ホホジロザメまで移動して来るかもしれない。それだけは避けたい。
また南側9階には、医療設備が集中している。何人か怪我人を抱えている今、迂闊な行動は取れない。
同じ理由で、8階と7階も浸水させたくはない。こちらは食料と、飲料水が関わっている。
7階には食料品が沢山保管されている。災害時である現状、食料を水没させるのは問題だろう。
8階は言葉通り、飲料水を精製している設備がある。海水を汲み上げて、真水に変えている。
それらの理由から、南側の7階から9階までを、浸水させるリスクが高い。そうなると、必然的に5階と6階も浸水させられない。
今目の前にある困難だけを解決するなら、浸水のリスクを無視して、南側へ移動すればいい。
だが突破した後も、考えなければならない。海水から逃れれば、それで全て解決ではないのだ。
最悪数日は、籠城せねばならない可能性がある。アルファ達を、どうにかせねばならない。
戦いを前にして、医療と兵糧を放棄する選択は愚か過ぎる。だから彼らは、4階までこのまま進むしかない。
「こっちだ」
前方を警戒しつつ、案内をしているのは、保安部の隊員だ。危険な生物との遭遇に備えて、慎重に進んでいる。
幸いだったのは、北側は殆どアルファ達に関する、研究施設ばかりだという事。他の生物を飼育していない。
南側のように、飼育していたサメやウミヘビ等が、徘徊する可能性は低い。ただ絶対にないと、断言は出来ない。
北側5階の観覧室から、何かしら入り込んだ可能性はある。ハワイの海には、サメ以外にもカツオノエボシ等も生息している。
「うわっ!?」
「どうした!?」
1人の男性が叫び、全員に緊張が走る。予備電源で稼働中のLED証明が、水中を僅かに照らしている。
真っ暗で無かったのは、不幸中の幸いだろう。浸水しても、各種照明は無事のままだ。
叫びをあげた男性は、申し訳なさそうに謝る。大きな影に驚いたが、単にエイが近くを通っただけだった。
「あれはマダラトビエイですね。尾に毒の棘があるので、下手に近づかない方が良いですよ。ああ! 大丈夫! あの子は温厚な生き物ですから」
彰人が解説すると、毒という単語に生存者達がざわめいた。誤解した人々を、慌てて窘める彰人。
あくまでも、不用意な接近が危険というだけだ。積極的に人間を襲うような、獰猛な生物ではない。
そんなトラブルはあったが、概ね順調に彼らは進んでいる。8階へと到達し、警戒しながら進む。
北側8階は、データセンターなどがある階だ。多くの精密機器が置かれていたが、全て駄目になっているだろう。
「ここ、最近資金を投入したばかりなのですがね……」
アドルフがあまりの惨状に嘆いている。せっかく買ったばかりの、スーパーコンピューターがあった。
先週設置が終わったばかりで、600万ドルで買ったと話す。日本円で約100億円に相当する。
あまりの損害に、アドルフは落ち込んでいる。今回の被害総額を思うと、目も当てられないだろう。
まだそんな事を、気にする余裕があるのかと、彰人は苦笑している。ある意味余裕があり、羨ましいとも思った。
こんな状況下で、普段通り考えられるのは、何も悪い事じゃない。悲観してパニックになられるよりは、遥かにマシだ。
「メイジー達は、大丈夫?」
「ええ、気にしないで」
「私も大丈夫」
メイジーとソフィアは、勇敢な女性だ。怖くないとは言わないが、平常心を保てている。
元々研究目的で、海へ潜った回数は多い。メイジーなんて、頻繫にイルカと泳いでいるぐらいだ。
ソフィアだって、ダイビングはもちろんの事、地上の猛獣達と触れ合った経験を持つ。
ライオンにチーター、ジャッカルにトラ。様々な動物を観察して来た。今も気丈に振る舞っている。
「何かあったら、すぐ言ってよね」
「ええ、ありがとう彰人」
今のところ、大きな問題は起きていない。トラブルもなく進めている。だがしかし、誰も気づいていない。
怪我人の1人から、僅かながら血が海水に滲んでいる。処置が甘く、止血が中途半端だった。
本当に僅かな血だったので、人間が視認するのは難しい。だが鋭い嗅覚を持つ生物は別だ。
かなり離れた位置を泳いでいた、ガンマとデルタが血の匂いに反応した。猛スピードで、泳ぎ始める。




