第39話 迫りくる脅威
本日の更新2話目です。
ルーカス達は無事に、南側20階まで到達。1人も脱落者を出す事なく、順調に進んでいる。
南側20階は、主に貝類を中心に研究しているエリアだ。大型商業施設が如く、研究室が幾つも並んでいる。
しかし、不自然な点が幾つかあった。本来は他にもいる筈の、スタッフ達と遭遇しない。
夜勤シフトの研究者達の姿も見えない。全員が既に、地上へ上がってしまったのか。
それともまだ、居住エリアに残っているのか。驚くほどに、人影が見つからない。
「なあ、こんなに人が居ないものか?」
気になっていたルーカスが、トーマスに尋ねる。全く誰とも遭遇しないのは、正しい姿なのかと。
「……理由は分からん。不安になって、地上に向かったのかもしれんが……」
アクアノート側の人間であるトーマスにも、この状況は奇妙に思えた。あまりにも人が居ない。
確かにアクアノートは、AIを駆使して必要な人員を減らしている。規模に対して、かなり少ない。
トータルで日本の琵琶湖並みの面積と、その半分の面積を持つ研究施設。だが常駐スタッフは千人ほど。
広さを思えば、夜勤の者と会わない可能性はある。そうだとしても、あまりに人の気配がない。
この状況がおかしいとするなら、他の者達はどうしたのか。彰人も気になっていた。
「連絡はとれないのですか?」
「保安部の隊員達に取らせたが、僅かな人員としか連絡がつかない」
トーマスによると、地上に居た数名の隊員達と連絡が取れたらしい。今は本部へ、向かわせているという。
彼らはまだ知らない。北側10階は既に、海水で満たされている。5階から流入した海水が、一気に流れ込んだ。
保安部はほぼ壊滅状態で、生存している者は僅かである。何故そうなったのか、それは純粋な人災だ。
浸水していると知らない者達が、ドアやエレベーターを開けてしまった。結果、多くの命が失われた。
彰人達が忘れてしまっている事が、1つだけある。災害時に、誰しもが正解を引けるとは限らない事だ。
「うん? 何の音だ?」
ルーカスが何かの音を聞き取る。商業施設並みに広い真っ白な通路で、彼は立ち止まる。
耳を済ませて、音の正体を探っている。彼が立ち止まった事で、彰人達も足を止めた。
移動する42名の最後尾に居た彼らは、いち早く異常に気づく事が出来た。音の正体は、水の流れる音だった。
「まずい全員走れ!」
どこから流入したのか、海水の濁流が遥か後方から迫っている。逃げていたらしい男性が、流れに飲み込まれた。
ルーカス達は慌てて前方へ向て走り出す。まだ目的のエレベーターへは距離がある。
事態に気づいた他の者達も、慌てて走り出す。通路が広かったせいで、早めに知る事が出来た。
もっと入り組んだ狭い施設なら、スタートは遅れていただろう。しかしそれでも、人間には体力という限界がある。
対して海水の方には、限界なんてない。焦って転倒する事もない。ただ淡々と迫っていくのみ。
「またかよ!」
「もう勘弁してくれ!」
「もう嫌!」
北側から逃げて来たメンバーは、一度経験している。口々に不満を叫びながら走る。
もし飲み込まれれば、あの時のようになる。ガンマとデルタに襲われる。その恐怖は、今も残っている。
だからなのか、前に進む事しか考えていない者も居た。ただがむしゃらに走って行く。
曲がらねばならない道も、曲がる事なく突き進む。その先には、エレベーターなど無いというのに。
「そっちじゃないぞ!」
集団の中央辺りに居たバートが、走って行く数人のスタッフに叫ぶ。彼の声に気づけた者は、慌てて引き返す。
だが突き進んだ者達には、全く届いていない。普段北側で過ごしていたせいで、正しいルートを把握していないのだ。
かと言って連れ戻しに行けば、自分達も巻き込まれる。何よりバートは、一番施設を理解している。
残った者達を、導かねばならない。責任者としての意識は、彼なりに持ち合わせていた。
「……クソっ!」
数秒の逡巡を挟み、諦めるバート。たった数名の為に、多くを巻き込むリスクは取れない。
バートは正しいルートを進む。暫く進むと、緊急用の巨大な水密扉がある通路に出た。
電動式の通路を完全に塞いでしまう扉だ。高さは3メートルで、幅は10メートルだ。
通路の端に、操作用のパネルが設置されている。誤操作防止のガラスを割り、スイッチに手を伸ばすバート。
彼より後から走って来た者が、続々と追い抜いていく。殆どが通り過ぎ、残っているのはルーカス達だ。
「急げ! 通路を封鎖する!」
バートの言葉に、ルーカス達が速度を上げる。少しずつ彼らの背後から、海水が迫って来ている。
最初はトミーがバートを追い越した。ルーカス達とは離れた位置に居た為だ。続いてアドルフが通過する。
アイリスが続き、メイジーも通過。ソフィアもすぐ近くまで来ており、十分間に合うだろう。
しかしまだ遠い位置で、トーマスが転倒してしまった。かなり派手にこけて、足を痛めた様子だ。
「何をしている! 間に合わなくなるぞ!」
負傷したトーマスを、最後尾に居たルーカスと彰人が肩を貸す。3人で協力して走って来る。
しかし完全に水密扉が閉まるまで、1分ほど掛かってしまう。あまり余裕は残されていない。
時計を見ながら、3人を待つバート。間に合うか、必死で計算している。3人の速度と、1分という所要時間。
ギリギリのラインで、向かって来るルーカス達。これ以上は待てないと、バートはスイッチを押した。
「閉まるまで1分ある! 早く来い!」
必死で走るルーカス達。迫って来ている海水。ゆっくり閉じていく巨大な水密扉。左右から、白い金属の分厚い板が迫って来る。
人の通れる隙間が無くなれば、3人は助からない。刻一刻とその時が迫る。狭まっていく水密扉。
3人がすぐ近くまで来た所で、バートとアイリスが飛び出す。ルーカス達を強引に引っ張る。
隙間を通り抜け、水密扉にぶつかった海水が、ルーカス達を濡らす。水密扉は完全に閉ざされた。
「はあ……はあ……助かったよ、少佐」
「まだまだこれからだぞ、ルーカス」
数名の犠牲者は出たものの、目先の危機を乗り越えたルーカス達。しかしまだ、地上は遠い。
次で今日の更新は終わりです。




