第38話 攻撃の影響
今日明日は3話ずつ更新します。
南側50階から、地上を目指していた保安部の隊員。髭面の中年男性が、エレベーターに乗っている。
50階から一気に地上まで、直通のエレベーターだ。本来なら1分程で地上に到着する。
しかし30秒ほど経った頃、急にエレベーターが停止する。エレベーターが激しく揺れる。
「おわっ!?」
勢いよく上昇していた昇降かごが、突然止まれば中身に慣性が掛かる。浮遊感と共に、男性が浮き上がる。
一瞬浮き上がった男性は、重力に従い床に叩きつけられた。無防備だった為、綺麗な受け身は取れなかった。
「ぐっ……うあ……」
突然の衝撃に男性が呻いている。エレベーターが停止したのは、エレベーターシャフトが歪んだからだ。
彰人の予想通り、アクアノートそのものに影響が出ている。特に直通エレベーターは、大きなダメージを受けた。
ちょうど中央に存在している空洞は、体当たりの衝撃を露骨に受けた。内側に向かって、大きくたわんでいる。
そのせいで、中途半端な位置で停止してしまった。緊急停止したエレベーターは、安全の為ブレーキが掛かった。
「な……なんだ? どういう事だ?」
男性は痛む体をさすりながら起き上がる。ぶつけたせいか、頭部から僅かに血が出ていた。
偶然指に付着した血を見て、男性はポケットからハンカチを取り出す。血が出ているらしい位置へ当てた。
エレベーター内の緊急連絡ボタンを押して、助けを呼ぶが誰も返答してくれない。
停止した理由が分からない彼は、無線で誰かと連絡を取ろうとする。右胸からぶら下げた無線機に触れる。
「誰か聞いているか? 直通エレベーターが途中で止まったんだ。管理室へ行ってくれないか?」
彼の連絡に対して、特に答える者はいない。暫く待ってみたものの、誰からも返答はない。
「ケビン、聞こえるか?」
50階に居る筈の、後輩へ連絡を入れる。しかしこの時点で既に、ケビンはもう圧死した後だ。
当然返事など帰って来る筈もなく、どれだけ待っても音沙汰なし。仕方なく彼は、チャンネルを弄る。
幾つかのチャンネルを試しつつ、連絡がつく者を探す。何度か試している内に、遂に誰かと繋がる。
『何だ? 誰だ?』
「良かった、繋がったか。俺は保安部のマックスだ。今夜は50階を担当している」
髭面の中年男性、マックスは安堵する。エレベーターが停止して、不安に思っていた。
だが誰かと連絡さえ取れれば、事態は好転する。助けを呼んで貰える。少なくとも彼はそう思っている。
『おお、マックスか! 俺だよマットだ。どうかしたか?』
「マットか! 確か今夜は1階担当だよな? 今どこだ?」
よく知っている相手と繋がったらしい。直通エレベーターの管理室は1階にある。マックスは渡りに船だと思った。
これで助かった。そう思いマックスは、今の状況を説明した。南側の直通エレベーターが途中で止まった事。
液晶の表示からして、25階付近で停止している事。原因は不明で、止まった理由を調べて欲しい事。
可能なら誰か、助けを呼んで欲しい事。必要な情報は全て話した。マットは今、南側の正面入り口に居るという。
「そこからなら管理室は近いな、助かったよ」
『すぐに行ってやるから待ってろ。そうだ、ついでだから聞いてくれよ。アザラシ達の様子が変でさ』
必死な様子でイルカのプールへと、アザラシ達が移動した様を説明するマット。今もプールの前に居るらしい。
保安部の本部へ報告しても、誰もまともに取り合ってくれなかった。明らかに様子がおかしいと主張する。
『今だって……うん? 何だ?』
「マット? どうしたんだ?」
『いや、何か水中に影が……』
それ以来、マットとの連絡が途絶えてしまう。何度マックスが声を掛けても、マットは無線に出ない。
訳が分からないと、マックスは頭を抱える。保安部の本部とは、相変わらず連絡がつかない。
このままでは困ると、どうにか現状を打破しようとした時だ。ドアの隙間から水が中に入って来た。
勢いよくシャフトの歪みに突撃したせいで、昇降かごが変形したようだ。しかしそんな事、マックスに考えている余裕はない。
「今度は何だよ! どうなってんだ一体!」
少しずつ入って来た水は、潮の香りがしている。海水だと察したマックスだが、どうしようもない。
ただかごの中に閉じ込められ、水攻めを受けているだけだ。このままでは溺死してしまう。
混乱するマックスだが、水位はどんどん上がっていく。海水が流入する勢いは止まらない。
隙間を埋めようにも、ドアの一番上で手が届かない。混乱している間にも、海水はもう胸まで来ている。
慌てるマックスは、天井のメンテナンス用ハッチに気づく。いっそ海水を利用して、天井まで行けば。
「もう少し……もう少しだ……」
一縷の望みを託して、伸ばされた手がハッチに届く。急いでハッチを開けて、マックスは脱出する。
エレベーターの外に出てみれば、まだまだ水位は上がっていく。下から海水が流入しているらしい。
まだ助かっていないと、マックスはメンテナンス用のハシゴを探して登っていく。少しずつ海面から離れて行く。
「ふぅ……ん? 何だ?」
上の方から、何かがぶつかる音がしている。直通エレベーターには、10階ごとにメンテナンス用のドアがある。
平常時は使用されないが、定期的に業者が安全確認の為に使用する。その内1つから、何かがぶつかる音が聞こえている。
今の階数から考えて、恐らく10階だろうとマックスは予想する。もしかしたらマットが、迎えに来てくれたのか。
そう考えたマックスは、期待して上を見上げながらハシゴを登る。彼の表情が明るくなる。
「おいマット! どうせなら20階にしてくれよ! そこまで上がるのは大変だって」
水位は未だに上昇しているが、命綱がない現状逆に有難い。マックスはそう思いながら登る。
しかし彼の予想と、起きている事は全く違った。上から少しずつ、水滴が落ちて来る。水滴から小さな滝になる。
訝しむマックスだったが、次の瞬間には10階のドアが吹き飛んだ。金属製の塊が2つ、上から落下する。
同時に大量の海水が流れ落ちて来る。水位の上昇は加速度的に上がった。マックスは遂に、海水に呑まれた。
頭部から出ている僅かな血が、海中に広がる。流れに呑まれて、マックスは上下の間隔が分からない。
(上に行かないと!)
どうにか浮上しようと藻掻くマックスだったが、いつの間にか巨大な化け物が目の前に居た。




