第35話 容赦のない襲撃
本日の更新2話目です。
ルーカス達が合流していた頃、南側50階で保安部の隊員が、安全の確認を行っていた。
ここは水深400メートル、光が殆ど届かない場所。トワイライトゾーンと呼ばれる層だ。
主に研究されているのは、深海魚や甲殻類、そしてマッコウクジラの生態である。
特に絶滅危惧種として指定されている、マッコウクジラについては、慎重に取り扱われている。
日付が変わった後でも、夜勤の研究者が研究室に居る。研究対象達の、夜の生活を調べる為だ。
「博士、怪我はないか?」
「あ、ああ。私は平気だ」
保安部の若い20代の男性隊員が、揺れで転倒してしまった年配の研究者へ、手を伸ばして助け起こす。
60代後半の白衣を着た男性が、ゆっくりと起き上がる。暫く続いた揺れは収まり、今は落ち着いている。
机に置いてあったらしい研究資料が、床に落ちて散らばっている。他の研究者達が、広い集めていた。
棚から落ちて割れてしまったビーカー等、色々と片付ける必要がありそうだ。
研究室で手を貸していた若い隊員へ、中年の隊員が声を掛けに入室して来た。
「ケビン、俺はちょっと上の様子を見て来る。ここは頼んだぞ」
髭面で小太りの隊員が、若い隊員に向けて指示を出す。若い彼はケビンという名前らしい。
「分かりました、何か分かったら教えて下さい」
「全く、北側の連中は何をやっているんだか……」
ボヤキながら顎髭を撫でつつ、中年の隊員が研究室を出ていく。そのまま近くにある、直通エレベーターへ向かう。
一度地上へ出てみるつもりなのだろう。彼らは北側へ行く権限を持たない。本部へ直接行けないのだ。
地上ならば、少しは何かが分かるのではないか、そう考えたのかもしれない。彼らは真実を知らない。
アルファ達が粛々と行動を進めて、人間達を追い詰めている。危険はすぐそこまで、迫っていた。
「ん? 何の音だ?」
ケビンの耳に鈍い音が届いた。しかも一度ではなく、何度も似た音が続いている。
何かがぶつかるような音だ。安全確認の為、ケビンは研究室を出て、廊下へと向かう。
音はどうやら、北側との境界から届いているらしい。ケビンは北へと向かっていく。
夜の真っ白な通路は、まるで夜の病院みたいだ。予備電源に代わったお陰で、普段より明かりが少ない。
ケビンが少し警戒しつつ、進んで行くと音が更に大きくなった。どんどんクリアになっていく。
「な、なんだ?」
境界が近くなると、音も更に激しくなる。ドンッドンッと激しい衝突音が通路に響く。
最後の角を曲がったケビンが、懐中電灯を境界の方へ向ける。そこにあるのは、北側へ続くドア。
カードキーを持たないケビンが、決して開けられないもの。そのドアが、何度も音を立てている。
数秒に1回、ドアが激しく揺れる。北側から、何かがぶつかっているらしい。激しくドアが揺れている。
「お、おい! 何をやってるんだ? カードキーを無くしたのか?」
50階の南北を繋ぐドアは、他の階より大きく作られている。建造中に建材などの移動にも、使っていたからだ。
両開きになっており、縦横が7メートル程ある。他の階と比べると、約3倍のサイズだ。
ケビンの声に反応する事もなく、何かが何度もドアにぶつかる。遂にドアが、少し凹んだ。
彼から見れば、南側へと膨らんだ形だ。ただその大きさが、あまりにも大きい。
「……なあ! 冗談にしても笑えないぞ! 何やってんだよ!」
ドアに刻み込まれた膨らみは、ケビンの体と比べてかなり大きい。トラックでもぶつかったかのよう。
なおも続く衝撃で、カードキーを通す操作パネルから火花が散る。完全に壊れてしまったらしい。
流石に嫌な予感がしたのか、ケビンは踵を返そうとした。次の瞬間、壊れたロックが外れた。
「うわああああああ!?」
大量の海水が、南側へと流れて来る。巨大な2匹の化け物と共に。巨体がケビンの真上から落下してくる。
ケビンは飛び込んで来たガンマの、下敷きにされてしまった。海水が満ちる前だった為、体重に耐え切れず圧死した。
ある意味では、まだマシな死に方だったかもしれない。一瞬で死ねただけ、他の者よりは楽だ。
南側50階は、猛烈な勢いで海水に満たされていく。まだ研究者達が残っている、研究室の周囲までも。
「し、浸水!? どうなっているんだ!?」
「ど、どうすれば!?」
焦る研究者達だが、どうする事も出来ない。研究室の機密性が高かったお陰で、広い研究室内は無事だ。
海水は一滴も入って来ていない。だがこれでは、外へ出る事も出来ない。完全に孤立してしまっている。
どうしようかと、研究室に残っていた10人が頭を抱える。そんな時、1人の研究者が悲鳴を上げて壁を指す。
この部屋は外が見えるように、壁面の一部がアクリルになっている。大体人間の腰から、頭の上ぐらいまでの範囲だ。
その向こうに、巨大な魚が2匹いる。オオメジロザメのような見た目の、黒い肌を持つ魚だ。
「なっ……」
研究者達は絶句している。彼らから見れば、オオメジロザメに見えるが、その割にはあまりに巨大だ。
本来オオメジロザメは、大きくても4メートルまで。だがどう見ても目の前にいるサメは、どちらも4メートル以上はある。
言うまでもなくガンマとデルタであり、研究室内に人間が居ると気づく。人間と子供達の目が合った。
すると再び2匹は、壁に体当たりを繰り返す。今度の壁は、境界のドアほど頑丈ではない。
先程のドアは金属製だが、今回はただのアクリル板でしかない。すぐにヒビが入り、蜘蛛の巣状に広がる。
「逃げろ!」
「逃げるってどこに!?」
研究者達が騒いでいる間に、アクリル板は割れてしまう。海水が大量に流れ込む。ガンマとデルタと共に。
逃げ惑う10人の研究者は、海水に足下を取られて流される。成すすべもなく彼らは、子供達に襲われる。
噛みつかれ、噛み千切られ、容赦なく人間を蹂躙する。あっという間に、研究室は血の海に染まった。
今日の更新はここまでです。




