第30話 報復の始まり
本日の更新3話目です。
アクアノートの北側では、アルファ達を知っている関係者が生活している。
そこで暮らしているのは、研究者だけでない。清掃員や料理人など、様々な人員がいる。
中でも特にアルファ達と深い関わりを持つスタッフは、地下40階の生活エリアで暮らして来た。
突然の停電に、断続する地震らしき揺れ。何が起きているのか、全員が疑問に思っている。
100名を超える人々が、大食堂に集まっていた。その中には、バートやトーマス達も含まれる。
「所長、一体何が起きているのですか!?」
「まさかアイツが、暴れているとか!?」
「巨大地震の前触れなのではないですか!?」
アクアノートで地震が発生する。それ自体は、絶対に有り得ない事ではない。
地下50階は、ちょうど海底にある。その真下には、当然プレートが存在する。
海底火山の噴火であったり、プレートのズレであったり。何かしらの理由で、地震が起きても不思議ではない。
「静かにしないか! 慌てる事じゃない。今頃は保安部が、原因を調べている筈だ」
詰め寄るスタッフ達を疎ましそうにしながら、バートが部下達を諫めている。
最高責任者である以上は、異変や災害が起きた時、彼に責任が発生するのは当然だ。
この程度の事は起こり得えるのだが、彼は経営者としての意識はあまりない。思考が軍人気質過ぎる。
軍人であれば、このような事態が起きても冷静だろう。だが彼の部下は、大半が軍人ではない。
保安部のメンバーに、一部元軍人が含まれている程度。保安部だって、大半は元警察官だ。
「ここは海のど真ん中だ。これぐらいの事は、起きても不思議じゃない。セントラルパークではないんだぞ」
バートが諫めているものの、完全に鎮静化したとは言えない。不安そうなスタッフは多い。
平気そうにしているのは、地震慣れしている日本人スタッフぐらいだ。彼らは全く怖がっていない。
そんな騒がしい大食堂の入り口を、息を切らせながらメルビスが、荒々しく全開にした。
「み、皆逃げろ! 早くしないと、アイツらに殺される!」
大食堂に居た100名以上の人物が、一斉にメルビスへ視線を向ける。説明が足りておらず、意味が通じていない。
ここに居る人々は、アルファ達が高度な制御システムで、管理されていると知っている。
いきなりこんな事を言われても、アイツらが何を指すのかピンと来ないのだ。今までこんなトラブルはなかった。
10年近く掛けて蓄積された、楽観性バイアスが彼らの中で形成されてしまっているのだ。
「何を言っている? 仕事はどうしたんだ?」
バートが不思議そうに、メルビスを見ている。また空気の読めない部下が、バカを言っていると思って。
「あの女が何かしたんですよ! システムは全部ぶっ壊れました! アルファ達が自由を得た! こんなの、タチの悪いB級サメ映画だ!」
その発言ですぐに気づけたのは、バートやトーマス、アイリスぐらいだ。他の者はまだ理解していない。
メルビスは大戦犯でありながら、その事は黙っている。言いましたからねと言い残し、走り去ってしまう。
バートがすぐに退避するよう命令し、慌てて大食堂を出る。通路の向こうに、メルビスの背中が見えた。
着いて来いと叫び、バートがメルビスを追う。トーマス達もその背中を追いかける。
「な、なんだ?」
「どういう事?」
「言う事を聞くんじゃなかったのか?」
詳しい仕組みまで知らないスタッフ達が、首を傾げながらバート達を追い始める。だが少し、スタートが遅かった。
メルビスが逃げて行った反対側から、大量の海水が流れて来ている。スタッフ達が、悲鳴を上げて走る出す。
通路は大型トラックが通れるぐらいの広さがある。だがパニックを起こした人々に、広いかどうかは関係ない。
誰かとぶつかる者、押しのけてまで逃げようとする者。足をもつらせて転倒する者。
大荒れの廊下は、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。1人また1人と、海水に呑まれていく。
「助けてくれ!」
「おいていかないで!」
「ま、待ってくれよ!」
どんどん被害が広がる中、先頭を走っていたメルビスは、移動用のトラムステーションに到着していた。
メタクリル樹脂で作られた、透明な卵型のトラムが乗り場に停まっている。一度に乗れる定員は50名だ。
近未来の地下鉄を思わせる車体は、アクアノート内で長距離を移動する為のもの。
乗り場の安全対策として、謝って線路へ転落しないように、アクリルの壁で仕切られている。
「早く開いてくれよ!」
メルビスがドアの開閉ボタンを、イライラと連打している。安全重視ゆえ、開くスピードは遅い。
通れるぐらいの隙間が出来た時点で、メルビスは体を車内へ滑り込ませる。倒れ込むように透明な床を転がる。
バートやトーマス、アイリスが続いて車内へ乗り込んで来た。他にも少しずつスタッフ達が乗り込んで行く。
だが全員は、どうやっても間に合わない。迫る濁流に、次々と人々が攫われていく。
「早くドアを閉めて!」
「もう無理だ間に合わない!」
「早く!」
ギリギリまで悩んだバートが、ドアの開閉ボタンを押した。ゆっくりと閉まり始めるドア。
絶望の表情で走って来るスタッフ達。だが、もう乗り込める距離ではない。アクリルのドアが完全に閉じる。
隙間から海水が少し車内に漏れたが、線路までの浸水は緩やかだ。透明な壁の向こうに、間に合わなかった人々が浮かんでいる。
開けてくれと、彼らはアクリルを叩く。だがもう開ける事は出来ない。開ければ全滅するしかない。
「お、おい! あれ!」
通路の向こうから、巨大な影が猛スピードで泳いで来る。黒い肌をした、流線形のフォルム。
親譲りの恐ろしい顔と、鋭い牙が並んでいる。全長6メートルはある、ガンマとデルタが姿を現す。
バート達の目の前で、逃げ遅れた人々を容赦なく襲う。人が食い千切られ、鮮血が広がる。
食べる為の攻撃ではない。ただ殺す為だけに、噛みついている。腹を満たさないから、いくらでも噛み千切れる。
巨体の突進を受けた男性が、苦痛に表情を歪める。追い打ちのテールアタックで、アクリルの壁に叩きつけられた。
彼の首は、曲がってはいけない方向へ曲がっている。あまりの惨劇に、生き延びた女性達が悲鳴を上げる。
次はお前達だぞと言わんばかりに、ガンマとデルタがバート達を見ている。その瞳には、強い殺意がこもっていた。
恐怖に染められたトラムが、ゆっくりと進み始める。ガンマとデルタは、逃げて行く人間達をジッと見ていた。
本日の更新はここまでです。




