第3話 ルーカスに届いた依頼
「ビジネスの話だって? 俺を相手に?」
ライフセーバーの事務所で、ルーカスとアドルフが向き合っている。ルーカスにはアドルフの意図がよく分からない。
ただライフセーバーをやっているだけの自分に、ビジネスの話をする意味が無いからだ。この事務所の責任者でもないのだから。
保険の話や弁護士の紹介なら、ルーカスの上司にすべき話だ。決して雇われているだけのルーカスへ、今ここで振る話ではない。
では個人的な投資の話だというなら、選ぶ相手を間違えている。ルーカスは資産家ではないし、金融資産を保有していない。
「ええ、そうです。貴方にですよ、ルーカス・ブラウンさん」
ルーカスには全く心当たりがないのに、アドルフは相手を間違えていないと主張する。ルーカスには、やはり意味が分からない。
「……誰かと間違えていないか? 俺の名前はそう珍しくないし、その……ほら、金持ちじゃない」
同姓同名の誰かと、間違えていないかとルーカスは問う。見れば分かるだろうと、ボディランゲージで示す。
「いいえ合っていますよ。かつて海軍で、ドローン兵器のプロフェッショナルだった貴方に、我々は用があります」
「……どういう事だ?」
自分の素性を知っているらしいアドルフを、いぶかしみながらルーカスは続きを促す。アドルフの言う通り、ルーカスはドローン兵器の担当だった。
今や陸海空の全てにおいて、無人兵器は当たり前だ。戦闘機やミサイルよりも安価でありながら、敵に確実な打撃を与えられる。
すでにテロや戦争で、当たり前に使われている重要な兵器である。ただ退役した今となっては、武器として使う事はなくなっている。
あくまで海水浴場の監視を行うために、定期的に飛ばす程度に留まっている。今のルーカスにとって、ドローンは安全確認のための道具。
「我々は海洋研究所を所有しておりまして、『アクアノート』という名前に聞き覚えは?」
アドルフはやや自慢げに、研究所の名前を告げた。自分達の所有する研究所と研究内容に、それだけ自信があるのだろう。
「まあ……その、名前ぐらいなら」
アクアノートという研究施設は、10年前に一大プロジェクトとしてスタートした。ハワイの沖合、西海岸との間に建造された海洋施設だ。
海洋生物の保護と研究を目的に、アメリカ企業が立ち上げ、日本企業からの出資を受けて完成した。
建造に掛かった費用は、アメリカの防衛予算並みと言われている。これまでの維持費用を含めれば、100億ドルを超えている。
その分海上施設としては、世界一の規模となっている。未だにアクアノートを超える規模の施設は作られていない。
研究所だけで300平方キロメートルという広大さと、地下50階、水深400メートルまで続く階層を持つ。最新の科学技術が結集した海洋研究所だ。
「そちらの方で、ドローンの知識が必要となりまして。貴方が適任かと」
「……俺がやっていたのは、兵器運用だぞ? 海洋研究とは関係ないじゃないか」
アドルフの言い分はルーカスにも理解出来たが、自分を適任だという判断するのは、少しズレていると感じた。
ドローンの運用である事は同じであっても、兵器としての使い方はまた違う。海を観察するなら、もっと他に適任が居る。
ルーカスに出来るのは、最小の消耗で最大の戦果を出す事だ。海を泳ぐイルカやクジラの観察ではない。
「いいえ、我々は貴方をお招きしたいのです」
説明をしても、アドルフは頑なにルーカスを選ぶと言って聞かない。どうしてかと聞いても、今は言えないとしか返答はない。
ルーカスは海を好んでいても、海洋研究にはさほど興味はない。学術的な話は、大して持ち合わせていない。雑学程度なら知っているが。
ゆえに空中からクジラを眺めたとしても、健康状態を図る事なんて出来ない。イルカの群れを見ても、何が分かるわけでもない。
「来て頂けるなら、手付金に2000ドルをお支払いします」
「……なんだって?」
随分と太っ腹な金額を提示され、ルーカスは驚いている。それだけアクアノートにとって、支払う意味のある仕事なのかと。
手付金で2000ドルなら、契約金は一体いくらになるのだろうとルーカスは考える。海洋研究に興味はないが、魅力的な話ではある。
ルーカスは借金こそないが、離婚した元妻と息子に支払う養育費がある。お金があるに越したことはない。内心では、少しそそられている。
養育費はもちろんの事、購入を諦めていた車が買える。契約金次第では、もう少し良い家にだって引っ越せるだろう。
それに息子へだって、誇らしい仕事をしていると伝えられる。ライフセーバーだって、決して悪い仕事ではない。人命救助の大切な役目を担っている。
だが学校で自慢出来る仕事かと言うと、微妙なラインではある。アクアノートで働くエリートと比べたら、やはり劣ってしまう。
「まずは一度、現地へ来てみてはどうですか?」
アドルフの誘いを、断る理由がルーカスには無かった。差し出された手を、彼は気づけば握っていた。
週末に迎えを寄越すとだけ、アドルフは言い残して帰って行く。ルーカスは少しだけ、週末を楽しみにしていた。




