第27話 転機
本日は3話、更新しています。こちらが3話目です。
和美は知りたかった情報を、全て手に入れた。時刻は23時半、彼女の協力者が行動を開始している時間。
後はここからメルビスを排除して、目的を達成するだけで良い。一番困難だった筈の問題は解決済み。
鼻の下を伸ばしているメルビスは、和美の空気が変わった事に気づけない。
手玉に取られて、冷静さを欠いている。騙されていると微塵も思っていない。
「ねぇ、少しだけ場所を変えない? 先に近くのトイレで待っていて欲しいの」
「と、トイレ? どうして?」
和美の色仕掛けにハマりきっているメルビスは、それだけで想像を膨らませる。
今日会ったばかりの女性と、こんなに早く関係を持てる筈がない。考えるまでもないだろう。
だが踊らされているメルビスは、浮かれて舞い上がってしまっている。
和美の手がメルビスの頬を優しく撫でて、胸板から下半身へ向かっていく。
「2人きりになれる場所が良いの。ここだと、誰か戻って来るかもしれないでしょ?」
ふとももを撫でられて、メルビスはもうその気になってしまっている。鼻息荒く頷いた。
何故先に行かねばならないのか。一緒に行けばいいじゃないか。そんな言葉すら、頭に浮かばない。
メルビスは和美の嘘を信じて、研究室を出て行く。ヒラヒラと手を振り和美は見送る。
完全に1人となった和美は、笑顔を消して真顔に戻る。素早く目的を遂行せなばならない。
現在北側に設置された監視カメラの映像は、アクアノートを裏切った協力者により、偽物の映像が流れている。
「さあ、10年分のデータは頂くわよ」
和美は持っていたバッグから、ハッキングツールと小型のパソコンを取り出す。
ケーブルでメインサーバーと繋いで、目的のデータを探していく。不要なデータまで、持ち帰る必要はない。
あくまで北側で行われていた、極秘扱いのデータだけが目的だ。10年分は膨大だが、そう時間は掛からない。
小型ながら、最新鋭の機材を和美は渡されている。15分もあれば、吸出しは終わるだろう。
「アクアノートも、ちょろかったわね」
協力者から渡されていた、偽物のリモコンと本物を入れ替える。見た目だけなら、殆ど変わらない。
黒い手のひらサイズの、平べったいプラスチック製。ボタンが10個あり、それぞれ役割がある。
見た目だけなら、家電製品のリモコンだと言われれば、大半の人は納得してしまうだろう。
使い方はメルビスから教わっている。記憶力の良い和美にとっては、単純な操作だった。
「じゃ、終わりにしましょうか」
和美は協力者に黙っていた、もう1つの命令を受けている。それはアクアノートへの破壊工作。
コンピューターウイルスをメインサーバーへ流し、基幹システムとデータを破壊する。
全部壊してしまえば、これ以降の研究は大幅に遅れるだろう。その隙を、和美のクライアントが突く。
まだ特許などが申請されていない技術を、全部そちらで取得してしまう。その為の妨害工作だ。
「さようなら、マヌケなアクアノートさん」
和美は小型のパソコンとハッキングツールを回収し、悠々とエレベーターで地上へ戻って行く。
彼女がエレベーターを出ると同時に、アクアノート全体が一時的な停電に見舞われる。
流されたウイルスにより、全てのシステムが破損した結果だ。停電はすぐに予備電源により収まる。
その頃には和美が、逃走用に用意された小型のタグボートに乗り込んでいた。
「ふう……もうこの変装も必要ないわね」
和美は変装に使っていたマスクを取る。彼女は、本当の和田和美ではない。別人が変装していたのだ。
本物の和美は、今頃誰かに見つかっているだろう。成田空港の駅、トイレに縛られた状態で。
ならこの和美は誰か。彼女は日系アメリカ人の、ユリア・キャンベル。赤髪に黒い目の美女である。
変装を解いたユリアの声は、和美よりも低い。性格や言動は、本物の和美をトレースしていた。
しかしアレは演技に過ぎない。普段のユリアは、あんな媚びた言動は絶対に取らない。
ただ、遺伝学者だという事だけは本当だ。何か質問された時、答えられないと怪しまれる。
「さて。化け物達、ついて来なさい」
冷たい声音でリモコンを操作し、アルファ達を呼び寄せる。このまま実験体ごと、持ち帰る予定だ。
メルビスから聞いた通りの操作で、リモコンのボタンを押す。夜の海は真っ暗で、水中が見えない。
予備電源に切り替わったせいで、普段以上に明かりがない。月や星の光と、タグボートのライトのみ。
明かりの少ない暗い海から、大きな影が浮上して来る。ユリアの乗るタグボートへ近づいて来る。
「ちょっと! そこまで近くなくて良いから!」
巨体が動いたせいで、海面が大きく乱れる。少し離れるようにユリアは指示を出す。
彼女もまた、知らない事があった。協力者が必要ないと思って、教えていなかった事がある。
まさかユリアが、ウイルスを流すなんて知らなかった。実験体を持ち帰るとも、聞いていなかった。
あくまで襲われない為に、リモコンを盗ませた。北側から逃げれば、リモコンが無いと非常に危険である。
つまりはその分、海上からの追跡が難しくなる。ただそれだけの理由で、盗ませただけ。
基幹システムの中には、非常に大事な制御プログラムが含まれている。だがユリアは知らなかった。
バートもそこまではまだ、招待客達に明かしていない。アルファ達に埋め込まれたチップには、とある秘密が含まれている。
それは人間に対しての、攻撃性を抑制するという制御システム。そしてリモコンのからの指示も、基幹システムと連動している。
「何をしているの! 離れなさい!」
20メートルの巨体が、タグボートに軽く触れて大きく揺れる。ユリアはバランスを崩し、転倒してしまう。
「もう! なんなのよこのポンコツ!」
巨大な影は一度姿を消す。起き上がったユリアは、運転を止めて周囲を調べる。
暗い海には、どこにもアルファの姿が見られない。居ないなら居ないで困るユリアは、リモコンの操作を行う。
再び浮上する大きな影は、先程と違ってかなりの勢いがある。ユリアが疑問に思った瞬間、強い衝撃と浮遊感を覚える。
アルファがシャチのように、尻尾でタグボートを跳ね上げたのだ。獲物のアザラシへやるように。
「きゃあああああああ!?」
真っ逆さまに落下するユリアとタグボート。上下が逆さまになったユリアが、必死で下を見る。
そこには大口を開けて、海上へ飛び上がった化け物の姿があった。タグボートは破壊され、バラバラになる。
ユリアの姿はどこにもなく、巨体が着水した大きな音と、水柱だけが海上に残された。
だいたいコイツらのせい、その1と2です。
ここまで溜めて来た分を、一気に解放して行きます。
今日の更新はここまでです。




