第18話 水深400メートル
ルーカス達は午前中からアドルフによって、アクアノートの北側へと案内された。
最下層まで直通のエレベーターに、全員で向かう。一気に最下層まで行けるのは、北と南に1機ずつだけ。
それ以外のエレベーターは、必ず途中の階で途切れている。同じエレベーターに人が集中しない為の措置だ。
他にも建物の強度を確保する目的もある。最大で深度400メートルの水圧が、常に加わり続ける。
むやみに最下層まで続く空間を用意すると、建造物としての耐圧性が下がってしまう。
下へ向かう程に、耐圧性を重視した工夫が行われている。最下層の水圧は、約40気圧に相当する。
これは地上の約40倍であり、地上の建造物と全く同じ作りには出来ない。
各所にその圧力を逃がすピストンや、特殊なゴムが使われている。そこで生じたエネルギーの一部を、発電に使用している。
施設全体の電力をカバーする程ではないが、補助動力としては馬鹿にならない。
そう言った明かしても構わない詳細について、アドルフがルーカス達に説明する。
「なるほど、そのエレベーターがこれってわけだ」
ルーカス達はエレベーターホールにて、その南北に1機ずつしかない直通エレベーターに乗る。
30人ぐらい乗れそうな広さだ。機材の搬入などにも、使われているのだろう。
「あれ? 日本製なのか」
「そうですよミスター彰人。東京スカイツリーと同じメーカーに依頼しています」
何となくパネルを見た彰人は、よく知る大手メーカーの名前に気づく。
日本で一番の昇降距離を誇るエレベーターと、同じ技術で作られているようだ。
スカイツリーでは350メートルまで50秒で到達する。当然このエレベーターも、近いタイムを叩き出す。
1分をギリギリ切るスピードで、最下層の50階まで到達する。彼らは独特の浮遊感を覚えた。
「世界で唯一の、生身で1分以内に水深400メートルまで、到達する体験は如何でした?」
「あ、あははは……」
自慢げに語るアドルフを見て、彰人は愛想笑いで返す。世界で唯一の部分が、やけに強調されていた。
アメリカ人は世界一って言葉が好きだよなぁと、彰人は内心で思っている。同時に日本製だけど、それでも良いのかなとも。
そんなやり取りがある中で、彼らは遂に最下層へとやって来た。少なくとも内装は、地上とそう変わらない。
白で統一された通路と、いくつかのドア。地上と違う部分は、船舶などで使われる水密扉がある点か。
普段は開けたままにしているのか、分厚い金属の板が見えている。ルーカスが近づき扉を叩く。
「開けっ放しで大丈夫なのか?」
「ご安心下さい。これまでに一度として、使った事はありませんので」
その言い方は少し、やめて欲しいなと彰人は思った。まるで何かが起きる前置きのようだ。
だが口にすると不味い気がしたので、言わないでおく彰人。そのまま黙ってアドルフに着いて行く。
コンベア式の動く歩道に導かれながら、最下層を移動していく。暫くすると、大きなドアの前に到着した。
劇場で見るような立派な両開きのドアの横、操作パネルをアドルフが操作する。
空気の抜ける音と共に、あっさりとドアが開いた。その向こうには、深海の風景が広がっている。
「おお……」
彰人は思わず呟いた。様々な研究機材なども置かれているが、それ以上に目立つのが大きな窓。
ただの研究室ではなく、海の様子をダイレクトに見る事が出来る。美しくも恐ろしい光景だ。
本来なら光の届かない水深だが、施設側からライトが照らされている。潜水艦から見るような景色を、見る事が出来る。
ルーカス達の想像以上に広大な室内は、体育館並みの範囲を有している。大きな窓は、高さと幅が10メートル以上ありそうだ。
研究室には様々な機械が置かれており、何台もパソコンが並んでいる。素人には使い道が分からない機械も多い。
あまりの広さに彼らが驚いている姿を、室内から満足そうに笑顔で見ているのが――所長のバートだ。
元軍人だけに、白いスーツ姿でも威圧感がある。短く切り揃えた美しい金髪と碧眼、鍛えられた肉体。
40代ながらも、実年齢よりも少し若く見える。隠しきれない自信が、全身から溢れ出ているからか。
久しぶりにあった上司と、ルーカスは目が合う。やはり昔と変わっていない。彼はそう確信した。
これからバートが話す内容は、きっとただの研究協力じゃない。ルーカスはその思いを強める。
彼の内心を知ってか知らずか、ニコニコと笑いながらバートが入り口へ近づいて来る。
「やあ皆さん、昨日は楽しんで頂けましたか? ようこそアクアノートへ。私が所長のバート・ギブソンです」
綺麗な姿勢で歩く姿は、やはりどこか軍人を思わせる。優雅というよりも、規律意識の高さを感じさせる。
着ている服はブルジョワ感がある。しかし、消し切れていない戦場の匂いが漂う。
ルーカス達はそれぞれ、性格に合わせた反応を見せている。彰人は少し焦りを見せる。
冷静なメイジーは、表情を崩す事はない。明るいムードメーカー気質なソフィアは笑顔だ。
投資家のトミーは、相手を値踏みをするような表情で見ている。和美は取り入る隙を探していた。
そしてルーカスは、どんどん強まる警戒感から堅い表情でバートを見ていた。




