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第16話 朝食

 ルーカス達が、アクアノートを訪れた日の翌朝。まだ太陽が昇って間もない頃、飼育されている生物の給餌(きゅうじ)が行われている。

 中でも正面玄関がある南側では、イルカとアザラシの可愛らしい姿が見られる。毎朝行われる恒例行事だ。

 捕れたてのアジが入ったバケツを、飼育員達が運んでいる。待ってましたと、愛らしい海獣達が群がる。


 アクアノートの外周を囲うフェンスとプールは、少し複雑な作りになっている。特に南側は、細かい区分がなされている。

 フレキシブルに動かす事の出来るフェンスによって、海中に複数のプールを用意し、目的に合わせて切り替える。

 例えばイルカとアザラシのプールは、普段区切られている。しかしフェンスを稼働させ、繋げる事も可能だ。

 水深400メートルまで、様々なプールが形成されている。しかしそれは、南側だけの話だ。


 北側の機密エリアの外周、広大なプールには区切りがない。たった1種類の生物の為に、用意されたもの。

 そちらでも当然ながら、毎朝の給餌は行われる。北側では、南側と違った光景が繰り広げられる。

 バケツなんて使用される事はない。人間の手でも運ばない。とてもではないが、人間が運べるサイズではない。

 大型の工業用クレーンを、ヘルメットを被った作業服の男性が、慎重に操作している。クレーンの先には、大きな担架がある。

 担架に収められているのは、全長が7メートルはありそうな、巨大なホホジロザメだ。重量もかなりあるだろう。


「また今朝のはデカいな」


「今朝捕って来たらしいぜ」


「あれ1匹で足らねぇんだから、すげぇよな」


 クレーンから少し離れた位置で、青い作業服を着た3人の男性達が、雑談をしながら清掃作業を進めている。今日は特別な日であり、いつもより忙しい。

 彼らが立っている陸地部分とプールの間には、特殊な電流の流れているフェンスがある。

 ここで飼育している生物が、間違っても陸地へ上がって来ないようにする為だ。万が一があっては危険だから。

 アクアノート北側は、南側を反転させたような作りになっている。こちらにもヘリポートと船着き場がある。

 入り口から海面までは、およそ200メートル程離れている。地上部分はかなりに広く、清掃作業だけでも結構な労力だ。


「おっ、始まったな」


「ご飯の時間だぜ」


「俺も寝て食ってを繰り返すだけの生活がしたいぜ」


 清掃員の男性達が見守っている中、クレーンが動いてホホジロザメを北側のプールへ入れる。

 続けてまたクレーンを動かして、次のホホジロザメが担架に補充される。一見楽そうに見えるが、非常に危険な作業だ。

 飼育している生物が、興味本位でクレーンに食らいついた事がある。食べ物ではないと学んでからは、同じ事故は起きていない。

 しかし次に起きたのは、おもちゃにして遊ぼうとする事故だ。作業員が乗ったクレーンごと、引き抜かれそうになった。

 あわや大事故という問題が起きてからは、操作する人間のスピードと慎重さが求められる。


「大食いのお嬢ちゃんは、どうしてるかな?」


「あんまりサボるなよ、クビにされるぞ」


「こんな楽で稼げる仕事、他にないから後で困るぞ」


 ずっと海面を見ている男性を、残る2人が注意する。アクアノート北側の清掃員は、給料がかなり高額だ。

 相場の倍以上の給料が支払われている。その代わりに、守秘義務などにはとても厳しい。電子機器の持ち込みも禁止だ。

 問題を起こした場合、保安部に拘束される場合もある。その後どうなるかは、誰にも知らされていない。

 アメリカ軍に引き渡されて、厳しい取り調べを受けるなんて噂が流れているが、真相は誰にも分からない。

 わざわざ藪の蛇をつつこうとするバカは、アクアノートで働けない。仮に就職出来ても、いつの間にか消えている。


 彼らは高い給料と楽な仕事に満足しており、アクアノート側と敵対する理由がない。住み込みで働けて、食事も美味しい。

 勤務時間は非常にホワイトであり、週休二日制だ。シフト制ではあるものの、休みはとても取り易い。

 ただし北側へ配属されたければ、アクアノートに魂を売る必要がある。飼育している生物について、黙っていなければならない。

 一切の口外を許されず、親族にすら漏らしてはならない。南側の職員にだって、秘密を漏らす事は許されない。

 北側で働いているのは、どこか壊れてしまった者ばかり。そうでなければ、こんな職場で働けない。


「お、来るぞ」


「もうそんな時間か」


「早く終わらせるぞ」


 このプールで飼育している生物は、大体決まった時間に食事をとる。プールには、放されたホホジロザメが居る。

 何も知らない彼らは、悠々自適にプール内を泳ぐ。普通の海だと思っている。しかしここは、巨大な化け物が住む地獄。

 いつもの時間になり、海中から巨大な影が上がって来る。海面を泳いでいた1匹のホホジロザメを、下から大きな顎が食らいつく。

 清掃員達は、見慣れた光景だからと怖がっていない。むしろ歓声を上げて、化け物の雄姿を讃えている。

 彼らは分かっていないのだ。この仕事の給料が良い理由を。契約書をちゃんと最後まで読んでいない。

 条件が良い理由なんて、たった1つしかない。()()()()があるから、その分高く設定されているだけなのだ。

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