第13話 夜のバーにて
アドルフの案内でディナーを楽しんだ彰人達は、各々宿泊する部屋へ通された。
高級ホテル並みの広く綺麗な部屋であり、特別なお客様、つまりはVIPの為に用意されている客室だ。
主に政治家や投資家、各種研究の専門家を招待する時に、使われているという。あまりの豪華さに、彰人は落ち着かない。
良いホテルに泊まった事ぐらいはある。学者としてそれなりに成功し、収入には困っていない。
だがVIPが通されるような空間は、どうも経験が少ない。ハワイへ向かう飛行機だって、ファーストクラスで驚いた。
たまに招待されて、ファーストクラスに乗った事は数回ある。だが自分でファーストクラスのチケットを買った事はない。
かつて招待された時も、ここまで好待遇だった事は一度もない。ロイヤルスイートになんて、泊まるのは初めてだ。
心から楽しんでやるぜ! と思えるタイプだったら、彰人も困惑せずに済んだだろう。だが残念ながら彰人は謙虚だ。
こんな良い部屋に宿泊させて貰っていいのか。自分がここまでして貰ってもいいのか。前金だってたんまり貰っている。
少し怖くなって来たのもあり、客室でゆっくり過ごす気にはなれない。どこまでも庶民的な価値観の男性なのだ。
「そ、そうだ。酒でも飲もう」
アクアノートの研究は、どれも素晴らしいと彰人は思った。高額な研究費を注ぎ、海洋研究に全力を挙げている。
きっと所長は素晴らしい人物なのだろうと、彰人は勝手に想像していた。それだけ彼は感動を覚えていた。
色々と浮かれてしまっているのだろうと思い、落ち着いてお酒でも飲んで寝てしまおうと彼は考えた。
客室エリアのバーを自由に使っていいと、アドルフから言われている。誰か居るかもしれないと思い、彰人は足を向けた。
もしも元カノのメイジーが居れば、小心者らしさを発揮している今の自分を、笑ってくれるかもしれない。
多くを期待したわけではなく、ただ少し落ち着く機会が欲しかっただけだ。それ以上の意味はない。
今もメイジーの事は、大切な友人だと思っている。だが、よりを戻そうとまでは思っていない。どうせ自分はまた、研究を優先してしまう。
再び交際をしたとしても、上手く行く未来は見えない。だからこれで良いのだと、彰人は考えている。
そもそも彰人は、メイジーが離婚している事を知らない。今も既婚者のままだと、勘違いをしているままだ。
客室を出た彰人は、案内板の指示に従ってバーへ向かって行く。カウンター席には、先客が1人座って居た。
「あ、ブラウンさんじゃないですか」
黙々とウイスキーを飲んでいる、ルーカスが座っている。彰人に気づいたルーカスは、後ろを振り返る。
「なんだ、先生じゃないか。アンタも眠れないのか?」
グラスを持っていない左手で、隣の席をルーカスは勧める。話せれば誰でも良かったので、彰人は誘われるままに座る。
彰人はバーテンダーにジントニックを注文し、ルーカスと会話を始める。とても緊張をしていると、素直に明かす。
今日見た研究についての感想と、どれだけ素晴らしかったか感想を述べた。ジントニックが届くと、ルーカスと乾杯する。
「先生にはそう見えたのか。……俺は真逆の感想だよ」
かなり飲んでいるらしいルーカスは、まだ知り合って間もない彰人に本音を溢した。彼も誰かに聞いて欲しかったのだろう。
「真逆? どういう事です?」
ルーカスの発言が理解出来なかった彰人は、思わず質問していた。何を理由に、素晴らしいとは思えなかったか知りたかった。
彰人の質問に少し躊躇いを覚えつつも、ルーカスは結局話す事にした。招待客の中で、彼だけが知る所長の姿を。
「所長のバート・ギブソンは、海軍の少佐だった男だ。俺は昔、彼の部下だった」
「軍人の方が? そう言えば、そんな話を聞いた記憶がありますね」
一時期問題になったが、全て勘違いだと公式に否定している。研究者だからこそ、彰人は知っていた。
逆にアクアノートへの興味なんて無かったルーカスは、今日までバートの噂を一切知らなかった。
一番騒がしかったのは、ルーカスが離婚手続きで、忙しくしていた頃の話だ。最近ではもう、全て陰謀論として扱われてる。
ニュースなども特に見ないルーカスが、これまでに知る機会を得られなかった。だが今はもう違う。
「あの彼が環境保護なんて、優しい思想を持つ筈がない。軍備増強にしか興味のない男だ」
「そ、そんな……じゃあ一体何をするつもりで……」
ルーカスからバートの人柄を全て聞いた彰人は、想像していた人物とはかけ離れていると知った。
まさか原子力潜水艦を作っていた方が納得出来るほど、軍人寄りの思考を持っているとは思わなかった。
「……分からない。ただ、真っ当な研究をしているとは思えないな。必ず軍絡みの何かだろう」
「ブラウンさんの予想通りなら、明日の話というのも、要注意ですね……」
明日ここへ所長のバートがやって来る。そこで彰人達を招待した理由を、明かすと言われている。
ある意味で落ち着けた彰人は、今一度考え直してみる事にした。もしも、ルーカスの言う通りならば。
兵器の開発に携われと、言われるかもしれない。それが魚雷なのか、潜水艦なのか。彰人には分からない。
「……ルーカスで良い。アンタと出会ったのは、きっと何かの縁だろう」
「なら僕も、彰人で構いませんよ」
明日はどうなるのか。2人には分からない。一抹の不安を抱えながら、2人は酒を飲み交わした。




