第11話 アクアノート地下10階 ホホジロザメのプール
今日も10エピソードぐらい出します。
アクアノート地下10階、軟骨魚類の研究エリアにて、ホホジロザメの飼育が行われている。
水深にして表層から約50メートルの位置。研究棟内のプールから、フェンスに囲まれた大平洋まで繋がっている。
壁やフェンスからは特殊な磁力が発生しており、ホホジロザメが激突しないように工夫がなされている。
アクアノートの研究で、各種のサメが嫌う磁力を特定。フェンスや壁から発する事で、逃げ出さないようにしている。
こうする事で、飼育が難しいとされていたホホジロザメの飼育を可能にした。まだ未発表だが、確かな結果を出している。
すでに1年以上の期間に渡って、2匹のホホジロザメを連続で飼育し続けている。最長記録を更新したのだ。
「――素晴らしい」
日本から来た海洋生物学者、筑波彰人が水槽のガラス面にへばりついていた。周囲も気にせず泳ぐ2匹を見つめている。
流線形の速く泳ぐ為に特化したフォルム。ねずみ色の表皮と真っ白な腹。大きな口から鋭い歯が覗いている。
飼育されているのは成魚であり、4メートルのオスと5メートルのメスだ。ホホジロザメはメスの方が大きくなる。
どちらも1トン程の体重を持ち、30年以上生きている事が分かっている。両者とも異常はなく、健康状態に問題はない。
「へぇ、凄いじゃないか」
大して研究に興味がない元軍人の、ルーカス・ブラウンも水槽を見ている。流石に彼でも目を奪われたらしい。
小太りの投資家であるトミー・ホーキンスなど、これを見世物に出来ないのかと、アドルフ・ジャクソンに詰め寄っていた。
トミーは金になりそうな物へ強い興味を持っている。案内役であるアドルフは、困った顔でトミーを窘める。
「落ち着いて下さいミスタートミー。貴方にはもっと重要なプランを、我々はご用意しておりますから」
「本当に? これよりも金になるのか?」
金の話ばかりしているトミーを、イギリスの海洋学者であるメイジー・オルコットは冷めた目で見ている。
アメリカの動物行動学者のソフィア・マイヤーズも、メイジーと似た反応を見せていた。
唯一日本の遺伝学者である和田和美だけは、トミーを興味深そうに見ていた。お眼鏡に適ったのだろうか。
女性陣の事は気にも留めず、彰人はホホジロザメを観察している。今にも論文を書き始めかねない集中力だ。
「アンタ、そんなにサメが好きなのか?」
あまりの熱中具合に、ルーカスは彰人へ声を掛けた。まるでガラスケースに入ったサッカーボールを、熱心に見つめる少年のように見えたのだ。
実際、彰人の心境としては似たようなもの。強い憧憬と感動をもって見つめている。
「なあ、聞いているのか?」
「えっ!? あ、ああ、すまない。何だったかな?」
肩を叩かれるまでルーカスに気づいていなかった彰人は、ようやく自分が話掛けられていた事を知った。
慌てていたせいで、前半は日本語で答えていた。すぐに英語へ切り替えて、ルーカスの問いに答える。
彰人はアメリカへ留学していた期間が長く、流暢な英語を話す事が出来る。論文はいつも英語で書いて来た。
「昔からサメが好きなんだ。何でかって言われても、返答には困るけど」
彰人は気づけばサメについて調べていた。幼少期から図鑑を読みふけり、大人向けの書籍にも手を伸ばした。
お陰で漢字を読めるようになるのが早かった。両親は神童かと思ったが、あくまでサメが絡まないと彰人は興味を示さない。
単なる物好きとすぐに分かり、両親は浮かれた自分達を恥じた。そんな過去を持つだけに、好きな理由を聞かれても答えられない。
正確に言うなら、全てが好きだとしか言えない。嫌いな要素などなく、サメという生物を心から愛している。
もちろん人がサメの被害に遭う事は痛ましく思っている。死んだ者には、真っ先に哀悼の意を示す。
「ふーん。変わった奴だな」
「あははは、良く言われるよ」
専門とする分野は違えども、ルーカスは彰人を面白い男だと思った。少なくとも仲良くなれないタイプではない。
何となくホホジロザメについて質問をしてみれば、彰人はペラペラと知識を披露する。
思った以上に話す彰人を見て、ルーカスは苦笑していた。悪い奴ではないと分かったが、好きな事は何時間でも話すタイプだろうと判断した。
「オーケーオーケー、ありがとう先生。でもそろそろ、皆に置いて行かれるぞ?」
「えっ? あ! これは申し訳ない!」
すでに移動を始めていたアドルフ達の背中を見て、彰人は慌てて後を追う。ルーカスもまた同様について行く。
恐らくは彼を知るメイジーが伝えたのだろう。しばらく彰人はここを動かないだろうと。
実際ルーカスが声を掛けなければ、彰人はずっとここに立っていただろう。寝食すらも忘れていたに違いない。
自分の悪いところが出てしまい、彰人は恥ずかしそうにしている。アクアノートへ来た理由を忘れる程に、熱中していた自らを改める。
アドルフによる案内に従い、彼らはアクアノートの中を移動する。まだ本命の目的とは関係のない話が続いていた。




