しばらく一緒に暮らしてみた!
小さな幽霊は、筱月のそばをふわふわと漂いながら、棚に並ぶさまざまな調味料の瓶を指さしては、
「これ入れよう~!」「それも~!」
と楽しそうに声を上げていた。
その無邪気な提案を聞きながら、筱月は思わず微笑んでしまう。
どうやらこの天真爛漫な小さな幽霊は、人間の世界の食べ物に強い興味を持っているらしい。
幽霊である彼女は、実際に味を感じることはできない。
それでも筱月は、できる限り彼女の好奇心を満たしてあげたいと思っていた。
「じゃあ、あなたの言う通りにしてみようか。」
そう穏やかに言って、筱月は調味料の瓶を手に取る。
「これは塩。味を引き立てるために使うのよ。」
説明しながら、使い方を実際に見せてあげる。
小さな幽霊は目を輝かせてその様子を見つめ、ときどき自分なりの意見を口に挟んでくる。
筱月は、いつの間にか彼女の熱意に影響されている自分に気づいた。
その純真で無害な雰囲気が、自然と「守ってあげたい」という気持ちを芽生えさせるのだ。
夕食が完成し、筱月は皿をそっと食卓に並べる。
温かい香りが部屋いっぱいに広がり、小さな幽霊の“食欲”を刺激する。
透き通った瞳で、食欲をそそる料理をじっと見つめる小幽霊。
今にも我慢できなくなりそうだった。
「いい匂い~! 食べたいよぉ!」
思わず興奮した声を上げ、口元にはうっすらとよだれまで浮かべている。
今すぐ実体を持って、この食事を思いきり味わいたい——そんな気持ちが伝わってきた。
その反応があまりにも可愛らしくて、筱月はくすっと笑ってしまう。
「じゃあ、試してみる? 本当に食べられないかもしれないけど。」
冗談めかして言いながら、料理を小幽霊の前に差し出した。
小幽霊は嬉しそうに近づき、実際に味わうことはできなくても、漂う濃厚な香りを胸いっぱいに吸い込む。
満足そうに目を閉じ、それはまるで“別の方法”で食事を楽しんでいるかのようだった。
「いい匂い……ほんと、食べたいなぁ……」
うっとりとした表情を浮かべる彼女に、筱月はまた笑ってしまう。
そっと頭を撫でようと手を伸ばすが、指はその身体をすり抜けてしまった。
「食べられなくても、せめて香りはたくさん楽しんでね。」
そう優しく語りかけながら、筱月はこの小さな幽霊に、理由もなく愛おしさを感じていた。
彼女がいつか、さまようことのない居場所を見つけられたら——心からそう願っていた。
時は静かに流れ、小幽霊はいつの間にか筱月の家で暮らすようになっていた。
触れることはできない存在でありながら、彼女は一度も孤独を感じたことがなかった。
ときどき壁の中から突然現れて、筱月を驚かせることもある。
慌てふためく筱月の様子を見ては、楽しそうにくすくす笑うのだ。
幽霊になっても、人間だった頃の習慣は完全には消えていないらしく、
眠たそうにしたり、食べ物に執着したりすることもあった。
やがて筱月は、小幽霊が微弱な磁場のようなものを感じ取り、善悪を判断できるらしいことに気づく。
ときには、不穏な気配を察して、筱月に注意を促してくれることもあった。
驚きながらも、筱月は心のどこかで安心していた。
この小さな幽霊が、そばにいてくれることを。
落ち込んでいるときには、わざと変な顔をして笑わせようとしてくれる。
「幽霊を受け入れるのって、思っていたほど難しくなかったな……」
筱月はいつの間にか、彼女を“友だち”として大切に思うようになっていた。
触れられない存在でも、その存在は確かに心の隙間を埋めてくれていた。
仕事を終えて帰宅すると、小幽霊はすぐに気づき、嬉しそうに目の前まで飛んでくる。
「お姉ちゃん、おかえり! 今日も幽霊に会った?
あれ危ないから、話しかけちゃだめだよ!」
心配と冗談が入り混じったその声に、筱月は思わず笑みをこぼす。
また頭を撫でようとして、すり抜ける感触に小さく肩を落とした。
——触れられたらいいのに。
その思いを察したかのように、小幽霊は少し俯き、静かに口を開いた。
「……私、ここに留まりすぎちゃった気がする。
そろそろ、生まれ変わる時なのかも。」
ゆっくり顔を上げ、筱月の目をまっすぐ見つめる。
「お姉ちゃん……私の未練、叶えるのを手伝ってくれる?」
筱月は言葉を失い、しばらく彼女を見つめ返した。
迷いと覚悟が交錯した末、深く息を吸い、静かに答える。
「あなたは、私の友だち。
できることなら、全力で手伝うよ。」
別れが近いことを理解しながらも、筱月は眉をひそめ、慎重に問いかけた。
「でも……その未練って、何?
ちゃんと教えてくれないと、理解できない。」
小幽霊は、静かに微笑んだ。




