言いたい言葉
「……ったく、解放されるなり急に抱きついてきやがって。それも、がっつりコート踏んづけやがって」
「……うん、ほんとごめん」
それから、少し経過して。
靴の跡がついた黒のコートを纏う私に、呆れたようにそう告げる藤二さん。……うん、これに関しては反論の余地もない。
さて、何が起きたのかというと――感極まり彼に抱きついてしまったわけだけど、さっと動いたため当然のこと私を覆ってくれていたこのコートもさっと外れ、それはもうものの見事に踏んづけてしまう形になったわけでして……うん、ほんとごめん。
そして、言わずもがなだけどコートが外れたということは……まあ、あのあられもない姿のまま抱きついてしまったわけで……ああもう、穴があったら入りたい!
「……ところで、何か着るモンはあるか?」
「……あ、うん。一応、体操服なら」
「んじゃ、とりあえずそれ着とけよ。外、出ててやるから」
その後、ほどなくそう言って背を向け去っていく藤二さん。そして、そんな彼に対し――
「……あの、外には出なくていいから。その、後ろだけ向いてくれれば……」
「……あっそ」
控えめにそう告げると、背を向けたまま立ち止まる藤二さん。体操服を着るだけなのでそんなに時間はかからないけど、それでもわざわざ外に出てもらうのも悪いなと思った、というのもあるけど……このまま外に出たっきり帰ってこなかったら、なんて思うと怖くなって……いや、流石に杞憂だって分かってるけど。
その後、すっかり暗くなった帰り道を二人で歩いていく。そして、しばしの沈黙の後――
「……ねえ、藤二さん。なんで、助けてくれたの?」
そう、じっと見つめ問う。すると、数秒ほど私を見つめ返した後、再び視線を外し歩みを続ける藤二さん。そんな彼に、私は続けて言葉を紡ぐ。
「……別にメリットないでしょ、あんたに。それも、暴力まで振るって……私を護るためだとしても、訴えられたらただじゃ済まないかもしれないのに」
……違う、そうじゃない。いや、これだって本音だけど……でも、今言うべきはこんなことじゃ――
「……もしかして、贖罪のつもり? やめてよね、今更善人ぶるの。まさか、あれくらいで許されるとか思ってないよね? 海佳を死なせたこと」
なのに、出てくるのはただただ非難の言葉。もしかすると、これも本音なのかもしれない。今だって、あの件は全く以て許していないから。……だけど、それでも今言うべきは……今、言いたいのはこんな言葉じゃ――
「――別に、そんなつもりはねえよ。善人だなんて思ってねえし、許されるつもりもねえ」
「……藤二さん」
すると、ややあって淡々と告げる藤二さん。その表情や口調から感情は読み取れない。……怒っては、いないのかな? ……まあ、私になにか言われたくらいで感情が動く人でもないんだろうけど。
「じゃあな、星佳。今日のことは忘れろ……ってのは無理だろうが、まあゆっくり休め。あと、そのコートはやるよ」
その後、少しして古びたアパート――私の住む二階建てアパートの前にてそう告げ背を向ける藤二さん。だけど、そんな彼のシャツの裾を掴む私。すると、少し驚いたような表情で振り向く藤二さん。……まあ、そうなるよね。たぶん、私の方が驚いてるくらいだし。……だけど、
「……怖かった。あんなの、初めてで……ほんとに、怖かった」
「……星佳」
「……だから」
そう、呟くように告げる。そして、吸い込まれそうなほどに綺麗なその瞳をじっと見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…………今夜は、私のそばにいて」




