窮地
「……ねえ、星佳。最近、なにかあった?」
「……へっ?」
「……いや、前々から気になってはいたんだけど……でも、ここ最近は特に」
それから、二週間ほど経た放課後のこと。
二年B組の教室にて、心配そうに尋ねる女子生徒。数少ない私の友人、宮下遥香で。どうやら、心配をかけてしまっていたようで……うん、ごめんね。
「…………はぁ」
その後、ほどなく帰り道を一人で歩いていく。一人で帰るつもりなら遥香と一緒に、と誘ってくれたけど、申し訳なくもお断りして。でも、この鬱々な私に付き合わせるのもそれはそれで悪いし……それに、どちらかといえば今は一人でいたかったから。
『――今までご苦労だったな、星佳。だが、後は俺一人で十分――お前はもう、お役御免だ』
ふと、脳裏を過る言葉。あの日――お通夜を終えた帰り道、藤二さんから告げられた言葉で。……まあ、海佳との繋ぎ役でしかなかったわけだしね、私なんて。それに、クビにならずとも自分から辞職してただろうから結果は一緒だし。……いや、そもそも仕事じゃな――
「……っ!!」
「…………あれ」
目を覚ますと、そこはまるで見覚えの……いや、一度だけある。ここは、あの納屋――以前、あの悪魔に監禁されたあの納屋で。……でも、いったい誰が――
「……っ!!」
刹那、呼吸が止まる。と言うのも……両手足ががっちり鎖で拘束され、のみならず制服のシャツもスカートも酷く破けあられもない姿になっているためで。……いったい、誰がこんな――
「――あら、起きたんだ」
卒然、鼓膜を揺らす声。それは、確かに聞き覚えるある嫌な声。そして、ほどなく姿を現したのは声音に違わぬ嫌な笑みを浮かべる二人の女――見覚えのないはずもない、朋律高校二年B組の女子生徒で。
「……なんの、つもり?」
ややあって、キッと睨みつけ問いかける。あいつの時もそうだったけど、ここで怯むわけにはいかない。すると、じっと私を睨み返し――
「――いや〜、ほんと前々から気に食わなかったんだよね、あんたのこと。なんつーか、顔が良いってだけで調子こいてるっていうの? その上、なんかとんでもないイケメンを侍らせてるときてるし」
そう、何とも不愉快そうに告げる女。とんでもないイケメン、とは藤二さんのことでまず間違いないだろうけど……いや、侍らせてはないんだけど。そもそも、見てたんなら分かるよね? 初日のあれ。どう見ても侍ってなかったよね? あの男。
……まあ、それはそうと……ああ、やっぱ嫉妬か。まあ、そこそこ男子に人気あるみたいだしね、私。別に望んだわけじゃないんだけど。
「でも、なんか最近は一緒じゃないみたいだけど……ああ、もしかして振られちゃった? アハハッ、ざまあって感じ」
すると、さっきとは一転、何とも愉しそうに声を上げる女。……うん、だったらもう良くない? 振られたと思ってんなら、それでもう満足してよ。それで、さっさと私を解ほ――
「……っ!!」
刹那、呼吸が止まる。さっと距離を詰めた一人が、乱暴に私の胸倉を掴んだから。そして、ほどなく視界に映るは――カッターナイフ。そして、呼吸もままならない私のインナーシャツを真っ直ぐ縦に切っていき水色のブラが露わになる。すると、嗜虐の笑みでカッターから持ち替えたスマホを構え――
「――アハハッ、こりゃあ相当いいモン撮れそうじゃない? 優香。……さーて、これを拡散したらどうなるかなあ? あっ、メッセージもつけとかなきゃね。とにかく誰とでもヤりたいです♪ なんてね」
「ねえ美希、だったらもういっそのこと全部剥いじゃえば? その方が説得力ありそうだし」
「ああ、それもそうね。そんじゃ、これ持ってて」
そんな下種なやり取りと共に、もう一人にスマホを投げ渡し再びカッターを構える女。そして、いっそう嫌な笑みで私の胸元へともう片方の手を伸ばし……嫌、やめて……だれか、助けて……助けて、藤――
「――よう、随分と楽しそうだな」
「…………へっ?」
刹那、脳裏へ衝撃が走る。と言うのも……今の今まで目と鼻の先にいたはずの下種の女が、一瞬にして視界から消えていたから。その頬を思い切り殴られ飛ばされるという、きっと現実ではそうそうお目にかからないであろう衝撃の光景と共に。
「…………へっ、あっ、えっ……」
ややあって、大いに狼狽するもう一人の女。一方、思いっ切り顔を殴られた方はまるで起き上がってくる様子がない。どうやら、すっかり気絶してしまっているようで。
「……んじゃ、次はお前か」
「……あ、いや、ちが……その、私は美希に言われて無理やり……う、うわあああああぁ!!」
その後、視線を移しそう告げる美男子。殴る前に取り上げたらしいカッターナイフをさっと捨て、ポキリポキリと拳の音を鳴らしながら。すると、しどろもどろに言い訳をしつつ一目散に逃げていく女。それも、相棒に全ての罪をなすりつけるという何とも卑劣な有り様で……うん、ほんと見苦しすぎて哀れなくらい。……まあ、それはともあれ――
「……えっと、そ……へっ?」
ひとまず何か言おうとした私へ、さっと何かを投げかける藤二さん。それは、彼の着ていた大きめの黒のコート。それが、あられもない私の姿をさっと覆い隠してくれて。その後、徐に私の前で屈む藤二さん。そして、一つずつ慎重に鎖を解いて――
「……悪かったな、遅くなって」
「……っ!!」
そう、微笑み告げる。それは、悪魔などとはほど遠い陽だまりのような微笑で。――途端、私の中で何かが切れた。そして――
「……う、うっ、うああああああああああああああああああぁ!!!!」
そんなけたたましい叫びと共に、引き締まったその身体を思いっ切り抱きしめる。すると、ややあってそっと抱きしめ返してくれる藤二さん。不思議なことに、ついさっきまで心を支配していたあの底知れぬ恐怖は、もう私の中のどこにもなかった。




