許さないから。
「……ねえ、天使さん。ここって、どう解けばいいのかなぁ?」
「……ああ、これはまずここの角度を――」
それから、二週間ほど経て。
ヨーロッパ風の絢爛なリビングにて、白いテーブルの前に腰かけそんなやり取りを交わす藤二さんと海佳。そして、私は少し離れたところでのんびり読書を嗜んでいて。
とはいえ、私が仲間外れにされてる、というわけではなく……何というか、こう、もはや家族のような感じで各々わりと自由に過ごしていて。つまりは、良い意味でみんなあまり気を遣わなくなり、今は私が一人だけど藤二さんや海佳がそれぞれ一人で、という時間もしばしばあって。
……ただ、そうは言っても……ここ最近、とりわけ二週間ほど前からこのように二人で話す光景を目にすることが多くなっていて。
もちろん、何ら不思議な光景じゃない。とうに義務教育を終えた大人の藤二さんが、義務教育中の中学生たる海佳の勉強を見てあげているだけ――ただ、それだけの光景で。
……だけど、そんな二人の雰囲気が二週間ほど前――具体的には、藤二さんがここ陽野家に泊まったというあの日を境にまるで変わっていることが傍からでもはっきりと分かる。より具体的には、藤二さんを見つめる海佳の表情が以前よりもいっそう幸せそうで。私自身、まだ《《そういう経験》》があるわけじゃないから推測しかできないのだけど……それでも、二人の間に何があったのかは流石に明白で。
……うん、よかった。海佳の想いが叶って――とまでは言えるかまだ分からないけど……それでも、ほんとによかった。そして、これからもっと距離を縮めてゆくのだろう。そして、もしかするといつかは――
だけど、そんなある日のことだった――卒然、海佳が自らその尊い生命を絶ったのは。
「……この度は、海佳を見送ってくださりありがとうございます、星佳さん、天使さん」
「……いえ、美川さん。こちらこそ、参列させてくださり本当にありがとうございます。改めて、海佳のご冥福をお祈り申し上げます」
それから、数日経て。
陽野家にて、悲痛を宿した優しい微笑みそう口にする優美な女性。彼女は美川さん――とても優しく、いつも海佳のことを気にかけてくれていたお手伝いさんの一人で。
そして、今行われているのはお通夜――お客さま用の広いお部屋を、この悲痛な儀式のため然るべき手配をし整えたそうで。……でも、隣の男はともかく、私がお礼を言われるのはちょっと変な感じかも。一応、身内と言えないこともないんだし。
ところで、海佳の両親はというと――なんと、忙しいからと欠席。……ほんと、理解しかねる。もちろん、こういった儀式をどれほど重要視するかは人それぞれだけれど……それでも、我が子との最後の別れ以上に優先する事情なんてそうあるものだろうか。……とはいえ、さして驚きはしないけど。なにせ、あの母親とその旦那だし。
その後、美川さんを含む三人のお手伝いさんに挨拶をし、すっかり暗くなった帰り道をゆっくりと二人で歩いていく。そしてしばしの沈黙の後、隣の男をじっと見上げ――
「……ねえ、藤二さん。なんで、海佳を死なせたの?」
そう、キッと睨み問う。……いや、こいつが殺したと言いたいわけじゃない。もちろん、そうじゃないのは分かってるけど……それでも、海佳が自ら生命を絶ったのは間違いなくこいつのせい。なので、じっと睨みつけたまま言葉を続ける。
「……海佳は、好きだったんだよ。あんたのこと。あんたと話してる時、私にあんたのことを話してる時、すっごく楽しそうだったんだよ。分かってたよね?」
「……はぁ? お前こそ分かってんだろ? 俺があいつに近づいた理由くらい」
「……っ!! ……それは」
すると、呆れたように尋ねる藤二さん。……うん、分かってる。こいつが海佳に近づいたのは、あくまで母親への復讐のため。……もちろん、分かってるけど――
「……でも、死なせることないじゃん。悪いのはあの女で、海佳じゃない。そんなの、あんただって分かってるよね? なのに、なんで……」
「……ああ、そうだな。確かに、俺が憎んで止まないのはあの女――お前ら二人の母親だ。だが、お前は許せるか? 自分の家族を殺した憎き人間の身内を、そいつらが殺ったわけじゃないからって仲良くできんのか?」
「…………それは」
そう告げた私を、じっと睨み返し告げる藤二さん。そんな彼に、思わず言葉に詰まる。……うん、気持ちは分かる。そして、私にこんなことを言う権利なんてないのかもしれない。……だけど、それでも――
「……それでも、許さない。私、あんたのこと絶対に許さないから」
「ははっ、まあそうだろうな。それで、どうする? 訴えるか? 分かってんだろ? あいつと俺が、《《そういう関係》》にあったことも」
再び睨みつけそう告げると、悠然とした笑みで尋ねる藤二さん。……うん、もちろん分かってる。二人が、床を共にしたであろうことは。そして、二人の年齢を踏まえれば、同意の有無に関わらず藤二さんは処罰の対象となる。尤も、今のところそういう行為に関する証拠があるわけではないので、彼が否定してしまえば確実に罪を立証できる保証はないけど……それでも、恐らくこいつは否定しない。何の根拠もないのに、どうしてかそんな確信があって。そして、そんな彼に対し――
「……絶対、言わないよ」
「……ああ、俺が否定すると思ってんのか? まあ、死人に口なしだもんな。……ああ、それともあの女への復讐を終えた後でってことか?」
「……違う」
そう、ポツリと告げる。すると、驚いた表情を見せるもほどなく意地の悪い笑みで言葉を紡ぐ藤二さん。そんな彼に、呟くように否定の意を告げ言葉を続ける。
「……そりゃ事が事だし、海佳が話したわけじゃないけど……それでも、分かるよ。あんたと、肌を重ねたこと――あんたと、一つになれたことが本当に嬉しかったことくらい、私でも分かるよ。だって……あれ以降、海佳はあんなにも幸せそうだったんだから。あんなにも愛おしそうに、ずっとあんたのことを見てたんだから。
……なのに、言えるわけない。もちろん、今となってはあの子の意思は分からない。もしかしたら、あんたを訴える……いや、憎む気力すらなくなっていただけかもしれない。……それでも、海佳があんたを訴えなかった以上、私がそうするわけにはいかない。それは、海佳に対する裏切りになるかもしれないから。だから――あんたも、自首するなんて許さないから。……まあ、これは言うまでもないんだろうけど」
「……あっそ」
言葉を終えた私に、どこか拍子抜けしたような表情でポツリと答える藤二さん。……きっと、こいつにとっては共寝も過程――所詮、海佳の心を自分に引き寄せるための一過程でしかなかったのだろう。あの女への復讐において、何らかの形で海佳を利用するための。
……でも、海佳は違う。もしかすると、気づいていたのかもしれない。自分が、利用されていただけだということを。……それでも、海佳にとってそれは幸せな時間だった。きっと、彼女の生涯で一番の。だから――




