謎の美男子
「…………あれ」
目を覚ますと、霞んだ視界に映るはまるで見覚えのない光景。目を擦り少し霞が晴れるも、やはり見覚えのない光景で。……えっと、納屋? でも、なんでこんなところに――
「……っ!!」
刹那、あまりの衝撃に呼吸が止まる。……いや、もう既にわけが分からない状況ではあるけれど……おそるおそる手足へ視線を移すと、いずれも太い縄でしっかり拘束されていて……でも、いったい誰が――
「……よう、目が覚めたみたいだな星佳ちゃん?」
「……っ!! 誰!!」
困惑と恐怖の最中、不意に届いたのはゾッとするほどに冷えた声。そして、何とも無機質な足音だけが響く静寂な空間の中、次第にその姿を現していき――
「……ああ、悪りい悪りい。まずは自己紹介が基本だよな。俺は藤二天使――エンジェルの天使と書いて『あまつか』だ。よろしくな、星佳ちゃん?」
そう、冷たい笑みで告げるのは――こんな怖ろしい状況であっても、思わず見蕩れてしまうほどに綺麗な謎の男で。
「……あ、えっと、その……」
ややあって、たどたどしく声を発する私。……いやいやいや、どういう状況? なんで拘束されてるの? いや、間違いなくこいつの仕業なんだろうけど、いったい何がねら……っ!! まさか、私のから――
「……ああ、言っとくけど身体目当て、とかじゃねえから。そもそも興味ねえよ、そんな貧相な身体。ただ、起きていきなり抵抗されたら面倒だからとりあえず拘束しといただけ」
「…………」
すると、さも馬鹿にしたような笑みでそんなことを言う男。どうやら、心を読まれたようだけど……いや、失礼すぎない? そもそも誰が貧相だよ。これでもスタイルは良い方だし胸だって……いや、そんなことは今はどうでもいい。それよりも――
「……だったら、いったい何が目的なわけ? 私のど忘れじゃなかったら、見たこともないんだけど。あんたのこと」
そう、キッと睨みつけ問い掛ける。いや、あたしの睨み……それも、身動きもとれないこんな状況での睨みなんて何の脅威にもならないだろうけど、それでも怯むつもりなんて――
「……ああ、そうだな。端的に言えば、復讐に付き合ってもらおうと思ってな」
「…………はい?」
すると、悠然とした笑みで告げる美男子。一方、そんな彼にただただ茫然とする私。……えっと、復讐? 誰に? いや、そんなことより――
「……いや、なんでよ。誰にどんな恨みがあるんだか知らないけど、そんなのあんた一人で勝手にやってよ。なんで関係ないあたしを巻き込むわけ?」
そう、無駄だと知りつつも睨みつけたまま告げる。もちろん、生きていれば憎い人間の一人や二人いるだろうし復讐が悪いとは思わない。でも、だったらどうぞご勝手というのが私としての感想で。
「まあ、そりゃそうなるよな。俺だって、今のあんたの立場なら同じようなこと言ってただろうし。だが、あんたにも十分に関係のあることだ。付き合ってもらう、とは言ったが、実際のところ復讐はあんた自身の望みでもあると思っている」
「……いったい、何を――」
「――黒崎京佳」
「……っ!!」
刹那、身体が凍る。そして、どこか満足そうに笑みを浮かべる藤二さん。そして、そのままゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「これが、俺が復讐を企ててる女の名前――よもや、知らないはずはねえよな? 黒崎星佳ちゃん?」
そんな美男子の言葉に、口を真一文字に結ぶ私。……そう、知らないはずもない。黒崎京佳――血を分けた私の母親であり……そして、私にとっても憎んで止まない女なのだから。……だけど――
「……でも、なんであんたが? いったい、母親とどういう関係?」
そう、ゆっくりと口を開き尋ねる。……ただ、実際のところそこまでの衝撃じゃない。もちろん、一定の驚きはあるけれど……それでも、あの女ならどこの誰に恨みを買っていても何ら不思議じゃないから。そして、この人はいったいどんな――
「……あいつは、俺の両親を殺した」
「……へっ?」
「……いや、実際に殺したってわけじゃねえけどな。両親は、病気で死んだ。だが、俺にしてみりゃ同じ――あいつが、殺したようなもんだからな」
「…………」
すると、凍えるような笑みで告げる藤二さん。その瞳には、疑う余地もないほどにありありと憎悪の念が宿っていて。
そして……やはり、さしたる驚きはなく。まあ、流石に少しは驚いたけど……でも、それだけ。まだ事情は知らないけど……それでも、あの母親ならそんなことをしていても何ら驚きはないから。なので――
「……ねえ、藤二さん。話を、聞かせてくれる?」




