009話 お披露目
メイドさん達に引っ張られて衣装室を出ると、廊下の奥からセドリックさんがやってきた。
「ではセラ様。ユリウス様のところへご案内いたしますね」
……え。
今すぐあの人にお披露目するんですか?
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ心の準備が……!」
「必要なのは心の準備ではなく、顔の準備です。そしてそちらの方はバッチリかと」
「いや……でも……」
「『素材は悪くない』とユリウス様もおっしゃっていましたし、自信をお持ちください」
確かにそう言っていた。
でも、あの淡々とした声で言われると褒められた気がしなかったのだ。
あんなのは社交辞令だし、相手がカカシでも同じことを言ったんじゃなかろうか。
そんなお世辞を本気にするほどのぼせ上がった人生を送っていない。
十八年も地味女として生きてれば、さすがに色々と察するものがあるのだ。
「私なんてとても、やんごとなき身分の男性に見せられる見た目じゃないですし! もっとこう、準備体操してからじゃないと!」
「体操して見た目がどう変わるというのですか。さあ、行きましょう」
セドリックさんが指をパチンと鳴らすと、背後に控えていたメイドさん達が、ぐいぐいと私の体を推し始めた。
思ってたよりずっとフィジカルな手段で移動させてくる。
「あーもうわかりました! わかりましたってば!」
観念した私は自分から足を動かし、セドリックさんと共に執務室へと向かう。
歩きながらヨタヨタとするのは見逃して頂きたい。
新しい靴は踵が高いので、ふらついてしまうのだ。
……ユリウス伯爵は、今の私を見てどう思うだろう。
戦傷兵を尊ぶ文化が歩くにだし、いっそ目の前で転んで怪我をしたら関心してもらえるんだろうか。
なんかそれは違う気がする、などと思っているうちに、目的地に到着した。
「ユリウス様、セラ様をお連れしました」
ドアがノックされると、すぐに低い声が返ってきた。
「入れ」
セドリックさんが扉を開ける。
その瞬間、胸がきゅっと縮んだ。
ああもう、緊張する……。
私は深呼吸をしてから部屋へ足を踏み入れた。
「終わったか」
ユリウス伯爵は椅子に座り、視線を書類に落としたまま淡々と言った。
事務的すぎる。
これやっぱ、私の身なりなんて全然期待してないんじゃないの?
不安に思いながらたずねる。
「……あの。メイドさん達に、衣類を整えていただきまして」
その言葉で彼の手がぴたりと止まり、静かに顔を上げた。
アイスブルーの瞳が、真正面から私を捉える。
——次の瞬間。
微かに、ほんの微かにだけれど、彼の目が見開かれた。
「…………」
無言。
いや、何か言ってください!
反応が読めないと怖いんですよ!
「……おかしい、でしょうか?」
おそるおそる問いかける。
心臓がうるさいほどに鳴っている。
ユリウス伯爵はしばらく黙って私を見つめていたが——やがてゆっくりと息を吐いた。
「よく似合っている」
「そ、そうですか」
「とても、よく似合っている」
「二回言わなくても伝わってますよ!」
その声音はいつもより低く、抑えた響きがあった。
なんというか……淡々としているのに、妙に熱があるような。
言葉の意味が頭に追いついた瞬間、顔が一気に熱くなる。
「メイド達は己の仕事を果たしたようだな」
「はい。あれこれと手際よく……えっと……着せ替え人形のように……」
「……やりすぎはしなかったか?」
「い、いえ。むしろ皆さん楽しそうでした……」
ユリウス伯爵は顔色一つ変えずに言う。
「素材が良ければ、料理人も腕が鳴るというものだ」
またこの人はそんなことを……。
私は照れくさいような申し訳ないような気持ちになってしまい、咄嗟に「シュネーブルクはお世辞の文化が発達しているのですね」と言ってしまった。
可愛げのない言い回しだったろうに、何事もなかったかのようにユリウスは伯爵は受け流す。
「いや、我が国は冗談が苦手な国民性で知られている」
「……っ」
私が恥ずかしさで縮こまっていると、ユリウス伯爵は静かに書類に目を戻した。
「午後から城内の案内をする予定だ。それまで休んでいるといい」
「……この格好で、ですか?」
「当然だろう」
「……わかりました。覚悟を決めておきます」
頭を下げると、ユリウス伯爵は小さく頷いた。
執務室を出て扉が閉まった瞬間、息を殺していたメイドさん達が、待ってましたとばかりに声を弾ませた。
「ユリウス様、とてもお喜びでしたね……!」
「完全に『いいものを見た』って顔してましたよ!」
「珍しいですよ、あんな反応!」
「そ、そうなんですか!?」
私にはわからなかったが、メイドさん達にはわかったらしい。
毎日見ている分、変化に敏感なのだろう。
「いやぁ……あのユリウス様が、あそこまで反応なさるなんて!」
「目が一瞬、ぱっと開きましたよね? あんなの滅多に見られません!」
私の周囲で、きゃあきゃあと盛り上がる声が飛び交う。
「そんなに珍しいことなんですか?」
「珍しいなんてもんじゃありません。普段のユリウス様は氷像のように無表情でして」
「あの方は眉がコンマ三ミリ動けば、感情が揺れたと解釈できます」
「それは……随分とシビアな判定ですね」
つまり……私はそれなりに垢抜けたと判断していいんだろうか?
(いや、そんなに都合よく受け取っちゃ駄目だって……!)
自分で自分にツッコミを入れながら、私は頬を押さえた。
メイドさん達の顔がにやにやしている。
完全にバレている。
「ひ、昼まで部屋で休んでていいって言われましたし、少し戻りますね……!」
そうして私は、慣れない靴で客室に戻ると、鏡の前で何度も自分とにらめっこを繰り返したのだった。




