007話 文化の違い
「……き、緊張したー」
ユリウス伯爵との話し合いを終えた私は、若い執事に案内され、城の西側にある来客用の部屋へと移動していた。
「私の名はセドリックと申します。以後お見知りおきを」
セドリックさんは長い茶髪を後ろで結い、モノクルをかけた長身の青年だ。
年齢は二十代半ばほどで、ユリウス伯爵より少し年上といったところか。
これまで出会ったシュネーブルク人に負けず劣らず、彼もまた眩いばかりの美男子であり、顔のあらゆるパーツが完璧なバランス配置されている。
長いまつ毛と雪のように透き通った肌から、どこか中性的な印象を受ける人だ。
レオンさんやユリウス伯爵とは全然タイプの違う、インドア派の美男子。
その耽美な横顔に見惚れていると、
「今日は疲れたでしょう」
と優しく声をかけられた。
柔和な笑みが、女性的な美貌によく似合っている。
(って、ユリウス伯爵の求婚を受け入れたばかりなのに、他の男の人をジロジロ眺めてたら不味いよね)
慌てて視線を逸らし、愛想笑いを浮かべる。
「はい。色々なことが一気に起こりすぎて、疲れました」
「何もかも、急でしたからね。しばらくはお部屋でお休みなられるといいです」
そう言ってセドリックさんは部屋のドアを開けてくれた。
私が室内に入ると、
「ごゆっくり」
と言い残して出ていく。
一人きりになった私は、安堵の息を吐く。
時刻はお昼前。
どうせならお昼ご飯まで寝ていようかとも思ったが、どうも神経が昂っているのでそれは無理そうだ。
かといって何かをするほどの元気もなく、ただぼうっと室内を眺めて過ごす。
(……変わった品ばかり)
故郷とは趣の違う調度品に、しばし目を奪われる。
タンスの上には騎乗した騎士を模った小さな銅像が置かれているが、どういうわけか背中に大量の矢が刺さっていた。
「……負傷兵の銅像?」
そういえばここにくる途中も、廊下に飾られていた鎧や武器は傷だらけだった。
無骨な軍事国家らしいと言えばそれまでなのだが、なんだか不思議な感じだ。
なぜこの人達は、わざわざ傷ついた姿を飾りつけるのだろう?
首をひねっていると、大きく三回、ドアがノックされた。
「セラ様。お昼ご飯をお持ちいたしました」
セドリックさんの声だ。
私が「はーい」と返事をしながらドアを開けると、若い執事はお盆を抱えながら部屋に入ってきた。
「旅疲れが抜けていないのではと思いまして、甘いものをふんだんに用意しておきました」
言いながら、慣れた仕草でテーブルの上にお皿を並べていく。
綺麗に配膳されたサンドウィッチ、スコーン、そしてお茶菓子と紅茶。
「わあ……っ。美味しそうです」
ちょうどこういうのが欲しいと思っていたのだ。
私が喜んでいるのが伝わったのか、セドリックさんは満足げに微笑んだ。
「お茶をお淹れしましょう。こちらの食事がお気に召すと良いのですが」
「大丈夫です。とても美味しそうですよ」
大聖堂で出されていた食事なんて、カチカチに固くなった黒パンと野菜の煮込みスープ、あとは異臭のするチーズくらいのものだ。
それと比べて目の前のご飯ときたらもう、比べるのも申し訳なくなってくる。
「いただきます」
さっそくサンドウィッチを頬張ると、中に挟んであったゆで卵がほろりと崩れた。
旨みと塩辛さが一気に口の中に広がり、少し遅れてピリリとした感覚がやってくる。
どうやら風味付けに貴重な胡椒を使ってあるようだ。
寒冷なシュネーブルクで気前よく香辛料を使えるところに、ユリウス伯爵の財力が窺える。
「……あの」
「なんでしょうか、セラ様」
「どうしてここの人達は、こんなに私に良くしてくださるんでしょうか」
「と、言いますと?」
「魔法のコントロールができなくなり、見た目も決して良くない私が、ここまで丁重に扱われる理由がわからないのです」
ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
別に皆はぐらかしているというわけではなく、私が何に戸惑っているのかすらわからないといった様子なのだ。
多分それは、文化的な違いからくるものなのではないだろうか?
私が何を言いたいのかようやく察したのか、セドリックさんは眼鏡の位置を直しながら言った。
「まさかそんなことで悩んでいるとは思いませんでした。なるほど、外国の方にはそう受け取られてしまうのですね」
青年の静かな眼差しが、どこか遠くを見るように銅像へと向けられる。
あの背中にたくさんの矢を受けた騎士の像へと。
「我が国は武を尊ぶ風土がございます。それはセラ様にも伝わっているのではないでしょうか」
「はい。私の国でもシュネーブルクはそのように言われていました。とても武人の地位が高い国だと」
「ゆえに我々の国では、負傷兵や退役兵を丁重に扱う文化があります。力尽きるまで戦った兵ほど美しいものはないと」
「それで傷付いた鎧や武器が飾ってあるのですね。……待ってください。もしかして」
「そういうことです」
つまり力尽きるまで働き続けた聖女もまた、この人達にとっては……美しい生き様に感じるということ?
「私達からすれば、貴方は大英雄なのですよ! 力を使い果たすまで民に尽くした聖女など、前例がありません」
「そんな……私なんてただの、燃え尽きた女ですよ!」
「燃え尽き聖女、素晴らしいことじゃないですか」
ドアの向こうからは、メイド達がきゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえる。
「ねえあなたセラ様に話しかけてきなさいよ」
「私が? 恐れ多いわ!」
まるで憧れの有名人でも相手にしているような口ぶりだ。
文化の差でこうも扱いが違うものなのか、驚きを隠せない。
「じゃあ、ユリウス伯爵が私に求婚したのも、それが関係しているのでしょうか?」
私の問いかけに、セドリックさんは笑って答える。
「そこに関しては、私にもよくわからないのです、あの人の考えていることは誰にもわかりませんから」




