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燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: タカハシ ヒロ


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006話 突然の求婚

 それで気が楽になったのか、私は堰を切ったように身の上話を始めた。


 日頃の激務。

 どんなに国のために尽くしても、リディア王女の手柄にされた毎日。

 彼女とブルーノ大司祭のただならぬ関係。

 そして——魔法を使えなくなったあの日の出来事。


 私が語っている間、ユリウス伯爵は指先ひとつ動かさず、ただこちらををまっすぐ見つめていた。

 氷の瞳に射抜かれているはずなのに、なぜか息が詰まるような怖さはなかった。

 むしろ、どこか確かめるような、観察するような眼差し。


「……なるほどな。魔力の制御を失った途端、王女の命で追放というわけか」


 ユリウス伯爵は身じろぎひとつせずに言う。

 

「大体のことはわかった。君の処遇も、決まった」


 どうやら彼の中ではもう、答えが出ているらしい。

 役立たずの聖女、しかも外国人だ。どんな扱いになるかは想像がつく。きっとろくでもない未来が待ち受けているのだろう。

 処刑だよね、うんそうだよねわかってるよ。

 覚悟を決めて次の言葉を待っていると、予想とは真逆の提案を出された。


「俺と、結婚してみる気はないか」


 ……はい?

 もしかして今のはシュネーブルクの方言で「お前を殺す」って意味だったりするんだろうか。

 いやでも、ルミナリアとシュネーブルクは同じ言語を使ってるはずだし……。

 硬直する私に、ユリウス伯爵はさらに言葉を重ねる。


「俺は君を愛してなどいない。だが、この世の全てを与えると約束しよう」


 この人は一体何を考えているのか、と思わず顔を凝視する。


「不服か? セラ・アッシュタール」


 ちょっと待って。

 ちょっと待ってくださいね。 

 ぐるぐると混乱する頭で、一生懸命、状況を整理する。

 私は今、自分が問題のある聖女だと打ち明けた。そしたら何故か、超怖い権力者にプロポーズされたと。

 これってつまり……どういうこと?


「……あの。質問してもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「なぜ私なのでしょうか? あなたなら女の人なんて、選び放題なはずです……」

「それだけの価値があるからだ」


 だからそれが、意味がわからないんですってば。

 一体この人は何を考えているんだろうと首を傾げている間も、ユリウス伯爵は淡々と話し続ける。


「俺は君を妻に迎えるにあたって、大幅に譲歩した契約を結ぼうと思う。これを断る理由はないはずだ」

「……譲歩した契約、ですか」

「これだ」


 そうして彼が語り出したのは、耳を疑うような結婚条件だった。

 家のことは何もかもメイドがこなしてくれるし、衣類は何を着ても自由、何を買っても自由。

 あげく誰と会っても構わないし、作りたければ愛人だって作っていいそうだ。

 おまけに、夜の勤めにも応じる必要はないという……。


「その代わり、何が何でも妻になってもらう。この条件では不満か?」

「いえ、とんでもありません! そうではなくて……!」


 あまりにも私にとって有利な結婚なので、戸惑っているのだ。

 こんなことをして、ユリウス伯爵はなんの得をするのだろう?


「……その、私の事情はわかってるんですよね?」


 地味顔で魔法もろくに使えなくなった聖女ですよ?

 超わけあり物件ですよ?

 

「ああ。だからこそ選んだ」

「……?」

「いずれ、俺の言っている意味がわかる。必ずな」


 この人は私に、何を求めてるんだろう。

 せめてそれさえ教えてくれれば、納得して結婚を受け入れられるのに。


「……理由を」

「ん?」

「理由を教えてください。そしたら喜んであなたの妻となります」


 私の問いかけに、ユリウス伯爵は「何を言ってるんだ?」という顔で応じる。


「結婚に、喜びも悲しみも要らない。俺が知りたいのは、この求婚を受け入れるか否かだ。断るというなら、あの王女の元に送り返すだけのこと」


 有無を言わせぬ迫力があった。

 私は言葉を詰まらせながらも、自分が本当はどうしたいのかを考える。

 魔法を使いこなせ苦なった自分。故郷での扱い。なぜか私を歓迎しているシュネーブルクの人々。

 私は——

 私が取るべき選択は——


「わかりました。お受け致します」

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