048話 守るべき場所
翌朝、城の鐘がいつもより早く鳴り響いた。
重く澄んだ音が雪空を震わせ、胸の奥まで届くようだった。嫌な予感に胸騒ぎを覚えながら、私は急いで身支度を整え、大広間へ向かう。
そこにはすでに騎士団の幹部たちが集まり、地図を囲んで緊迫した空気をまとっていた。
そして、その中央に立つのは――ユリウス伯爵。
「セラ、来てくれたか」
私の姿を認めると、伯爵は静かに頷いた。
「何かあったのですか?」
「北の峠道で、再び不審な動きがあった。どうやら盗賊団の残党が結集しているらしい」
地図を指差しながら説明するレオンさんの表情は険しい。
「この一帯は難民の移動ルートです。放置すれば、再び被害が出ます」
「……そんな」
胸が締めつけられる。
昨日の戦いで終わったわけではなかったのだ。
「討伐隊を編成する」
ユリウス伯爵の声は低く、揺るぎなかった。
「第三小隊を主力に、第二小隊を支援につける。包囲殲滅だ」
「了解しました!」
騎士たちが一斉に応じる。
私は一歩前に出た。
「私も、同行させてください」
「……セラ」
ユリウス伯爵はわずかに眉を寄せる。
「危険だ」
「分かっています。でも、負傷者が出れば私の力が必要になります」
強く言い切ると、騎士たちの視線が集まった。
しばしの沈黙。
やがて、ユリウス伯爵は小さく息を吐いた。
「……分かった。ただし、必ず俺の側を離れるな」
「はい」
こうして、討伐隊は雪の峠道へと向かった。
白い息を吐きながら進む山道は、静まり返っている。だがその静けさが、かえって不気味だった。
雪を踏みしめる騎士たちの足音だけが響く。
私はユリウス伯爵のすぐ後ろを歩きながら、祈るように胸の前で手を組んだ。
(どうか、誰も傷つきませんように……)
やがて、斥候が戻ってくる。
「伯爵、峠の先に野営地を確認しました。武装した者が十五名ほど」
「包囲に入る」
短く指示を出すと、騎士たちは音もなく散開した。
張り詰めた空気。
雪の匂いと、冷たい鉄の気配。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
――そして。
「突入!」
ユリウス伯爵の号令とともに、騎士たちが雪原を駆け出した。
剣戟の音が響き渡る。
悲鳴、怒号、金属の衝突音。
私はユリウス伯爵の背後に身を寄せ、必死に周囲を見渡していた。
「セラ、下がっていろ!」
ユリウス伯爵は二人の敵を一瞬で斬り伏せる。
その動きは無駄がなく、まるで氷の刃のように鋭かった。
騎士たちも見事な連携で敵を追い詰めていく。
だが――
「くそっ!」
レオンさんが敵の斧を受け止めた瞬間、別の盗賊が背後から飛びかかった。
「危ない!」
私は反射的に叫んだ。
次の瞬間、ユリウス伯爵が身を翻し、盗賊を斬り倒す。
「怪我は?」
「かすり傷です!」
レオンさんが叫び返す。
戦いは激しさを増していった。
やがて、盗賊団は完全に包囲され、次々と剣を捨てて膝をつく。
「投降します! 命だけは……!」
最後の一人が震える声で叫んだ。
静寂が戻る。
雪が、ゆっくりと舞い落ちる中、戦いは終わった。
私は駆け寄り、負傷した騎士たちに治癒魔法を施す。
「ありがとう、セラ様」
「助かりました……」
次々に頭を下げられ、胸が熱くなる。
ユリウス伯爵は捕らえた盗賊たちを一瞥し、冷たく言い放った。
「難民を狙った罪は重い。覚悟しておけ」
盗賊たちは顔色を失し、項垂れた。
帰路、私はユリウス伯爵の隣を歩いていた。
「……お疲れ様でした」
「ああ」
雪を踏む音だけが続く。
「怖くはなかったか」
「正直に言えば……とても」
小さく笑う。
「でも、それ以上に、皆さんが頼もしくて……誇らしかったです」
ユリウス伯爵は少し驚いたように目を瞬かせた。
「誇らしい?」
「はい。私の大切な人たちが、命をかけて誰かを守っている姿は……とても尊いものだと思いました」
頬が熱くなるのを感じながら、視線を落とす。
「私も、皆さんの力になりたいです」
「……十分すぎるほど、なっている」
ユリウス伯爵はそう言って、私の頭にそっと手を置いた。
「君がいるから、俺たちは迷わず剣を振れる」
「ユリウス伯爵……」
胸がいっぱいになる。
城が見えてきたころ、雪雲の切れ間から淡い光が差し込んだ。
白銀の城壁が、黄金色に染まる。
それはまるで、この国の未来を照らしているかのようだった。
(ここを守りたい)
心からそう思った。
この城を。
この人たちを。
そして――ユリウス伯爵を。
私の戦いは、まだ始まったばかりだ。
けれど、もう迷いはない。
ここが、私の居場所。
ここが、私の選んだ運命なのだから。




