046話 深まる冬
冬が深まるにつれ、シュネーブルクの空気は張りつめたものへと変わっていった。
関所襲撃未遂の一件が周囲に知れ渡り、この地は「侮れない領地」として認識され始めたらしい。静けさの裏側で、確実に情勢は動いていた。
その朝、私は中庭で騎士たちの訓練を見ていた。
雪を踏みしめる音、剣と剣が打ち合わさる澄んだ金属音。白い息を吐きながらも、誰一人として動きが鈍らない。その姿は、見ているだけで背筋が伸びる。
「動きがいいな」
隣から低い声がした。
私は視線を向ける。そこには、腕を組んで訓練を見守るユリウス伯爵の姿があった。
「はい。本当に、皆さん頼もしいですね」
「君が来てから、明らかに士気が違う」
思いがけない言葉に、私は一瞬言葉を失った。
「……私が、ですか?」
「自覚はないのか」
ユリウス伯爵は、わずかに口元を緩める。
「守るべき存在が、はっきりした。それだけだ」
胸の奥が、じんと熱くなった。
「……そう思っていただけるなら、嬉しいです」
そのときだった。
「辺境伯様!」
訓練場の端から、伝令役の騎士が駆け寄ってきた。
「南の街道で、難民の一団を確認しました。人数は三十名ほど。ルミナリア方面から流れてきた可能性があります」
私は思わず息を呑んだ。
――戦の影響。
頭に浮かんだ言葉を、ユリウス伯爵も同じように考えていたのだろう。
「敵意の有無は」
「今のところ確認されていません」
「街道警備隊を出せ。接触後、安全を確認した上で城下へ案内しろ」
即断だった。
「承知しました!」
騎士が駆け去ったあと、ユリウス伯爵は私を見た。
「君は、どう思う?」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「……受け入れるべきだと思います」
「理由は」
「彼らは居場所を失っただけです。敵ではありません」
私は小さく息を吸い、続けた。
「……かつての私と、同じですから」
ユリウス伯爵はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「分かった。君の意見を採用しよう」
その数時間後、難民たちは城下の空き倉庫へと案内された。
私は騎士の護衛とともに、その場へ向かった。
やせ細った大人たち、不安そうに親の服を掴む子どもたち。視線を合わせるだけで、胸が締めつけられる。
「……聖女様、ですか?」
一人の女性が、恐る恐る声をかけてきた。
「はい。ここでは、あなた方に危害が及ぶことはありません」
私は膝をつき、子どもと同じ目線になる。
「寒かったでしょう。すぐに毛布と、温かい食事を用意します」
その場で、簡易的な治癒と体調回復の祈りを捧げた。
魔力の消耗はわずかだったが、彼らの表情が少しずつ和らいでいくのが分かる。
背後に、気配を感じた。
振り返ると、そこにはユリウス伯爵が立っていた。
「……君は、本当に」
言葉を探すように、一度間を置く。
「人を惹きつける」
「そんな……」
「事実だ」
ユリウス伯爵は難民たちを一瞥し、再び私を見る。
「この国にとって、負担になる可能性もある」
「それでも」
「それでも、君は手を差し伸べる」
私は、迷わず頷いた。
「それが、私の選んだ生き方です」
ユリウス伯爵は、短く笑った。
「なら、俺はそれを守る」
その夜、騎士団の幹部会議が開かれた。
「治安維持が課題になります」
「食糧の配分も考えなければ」
様々な意見が飛び交う中、ユリウス伯爵は一度、全員を見渡した。
「セラは、彼らを守ると言った」
「……」
「ならば、シュネーブルクとして受け入れる」
その言葉に、騎士たちは静かに頷いた。
「我らが守るべきものは、土地だけではない」
「人です」
レオンさんの言葉に、誰も異を唱えなかった。
会議後、城の回廊を歩きながら、私はユリウス伯爵の隣にいた。
「……迷惑では、ありませんでしたか」
「何がだ」
「私の考えを、押し通してしまって」
ユリウス伯爵は立ち止まり、私の方を向いた。
「君は、この領の未来を共に考える立場にいる」
「……」
「君の意見を聞かない理由がない」
胸が、大きく跳ねた。
雪が、静かに降り積もっていく。
(私は、もう逃げない)
ここで生き、守り、築いていく。
ユリウス伯爵と共に。
それが、私の選んだ未来だった。




