042話 冬の訪れ
冬が深まるにつれ、シュネーブルクは静かな緊張を孕んだまま、しかし確実に変わり始めていた。
関所襲撃未遂の一件以降、周辺諸国はこの地を「容易に手出しできない領地」と認識したらしい。だが同時に、それは注目の的になったということでもある。
その朝、私は中庭で騎士たちの訓練を見学していた。
雪を踏みしめ、剣を交える音が澄んだ空気に響く。息は白く、鎧の動きは重そうだが、誰一人として動きが鈍る様子はない。
「動きがいいな」
隣で腕を組んでいたユリウス伯爵が、低く呟いた。
「皆さん、本当に頼もしいですね」
「ああ。君が来てから、士気が目に見えて上がった」
私は驚いて彼を見る。
「私が、ですか?」
「自覚はないのか」
伯爵は少しだけ口元を緩めた。
「守るべき存在が、はっきりしたからだろう」
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……そんなふうに思ってもらえているなら、嬉しいです」
そのとき、訓練場の端で騒ぎが起きた。
「辺境伯様!」
「どうした」
伝令役の騎士が駆け寄ってくる。
「南の街道で、難民の一団が確認されました。数は三十ほど。ルミナリア方面から流れてきたと」
私は思わず息を呑んだ。
「戦の影響、ですか」
「可能性が高い」
ユリウス伯爵は即座に判断を下した。
「街道警備隊を派遣しろ。敵意がないことを確認次第、城下へ案内する」
「承知しました!」
騎士が駆け去る。
「君はどう思う?」
突然、伯爵が私に問いかけた。
「受け入れる、べきだと思います」
「理由は」
「彼らは、居場所を失っただけです。敵ではありません」
私はそう答えたあと、一瞬だけ言葉を選んだ。
「……かつての私と、同じですから」
ユリウス伯爵は、しばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「分かった。君の意見を採用しよう」
数時間後、難民たちは城下の空き倉庫に案内された。
私は騎士の護衛をつけてもらい、彼らのもとへ向かった。痩せた大人たち、怯えた目の子どもたち。その光景は、胸を締めつける。
「……聖女、様?」
一人の女性が、恐る恐る声をかけてきた。
「はい。ここでは、あなた方に危害が加えられることはありません」
私は膝をつき、子どもと目線を合わせる。
「寒かったでしょう。すぐに毛布と温かい食事を用意します」
泣き出す子どもを、母親が抱きしめる。
「ありがとうございます……」
その場で、私は簡易的な治癒と体調回復の祈りを捧げた。魔力の消耗は小さいが、皆の顔色が少しずつ良くなっていく。
背後で、剣の気配が動いた。
振り返ると、ユリウス伯爵が立っていた。
「……君は、本当に」
言葉を探すように、彼は一度息を整える。
「人を惹きつけるな」
「そんな……」
「事実だ」
彼は難民たちを一瞥し、私を見る。
「この国にとっても、君にとっても、重荷になるかもしれない」
「それでも」
「それでも、君は手を差し伸べる」
私は、静かに頷いた。
「それが、私の選んだ生き方です」
ユリウス伯爵は、短く笑った。
「なら、俺はそれを守る」
その日の夜、騎士団の幹部会議が開かれた。
「難民を受け入れる以上、治安と食糧の管理が必要になります」
「反発する者も出るでしょう」
様々な意見が飛び交う中、ユリウス伯爵は一度、全員を見渡した。
「セラは、彼らを守ると言った」
「……」
「ならば、シュネーブルクとして受け入れる」
その言葉に、騎士たちは静かに頷いた。
「我らが守るべきものは、土地だけではない」
「人だ」
レオンさんが、力強く言い切る。
「聖女様が示した道なら、俺たちは従います」
会議は、思った以上に早くまとまった。
その後、城の回廊を歩きながら、私は伯爵の隣にいた。
「迷惑では、ありませんでしたか」
「何がだ」
「私の考えを、押し通してしまって」
ユリウス伯爵は立ち止まり、私の方を向く。
「君は、領主の妻になる人間だ」
「……!」
「君の考えを、領政に反映させるのは当然だろう」
心臓が、大きく跳ねた。
「まだ、正式ではありませんが……」
「時間の問題だ」
彼はそう言って、視線を逸らした。
その横顔が、ほんの少し赤い気がしたのは、きっと気のせいではない。
城の外では、雪が静かに積もっていく。
新たに迎え入れた人々。
それを支える騎士たち。
そして、隣に立つユリウス伯爵。
(私は、もう逃げない)
この場所で、守り、築き、生きていく。
それが、私の選んだ未来だった。




