040話 襲撃
翌朝、城に緊急の使者が到着した。
夜明けの鐘が鳴り終わるより早く、騎士詰所がざわめき始める。私は治療棟で朝の準備をしていたが、廊下を駆ける足音でただならぬ気配を察した。
「セラ様、辺境伯様がお呼びです」
伝令役の若い騎士が、少し息を切らしている。
「すぐに伺います」
執務室に入ると、すでにユリウス伯爵と数名の騎士団幹部が集まっていた。地図が机いっぱいに広げられ、赤い印がいくつも書き込まれている。
「君にも聞いておいてほしい」
伯爵はそう前置きしてから、使者に目配せした。
「北東の村が、今朝未明に襲撃を受けました」
「人的被害は?」
「死者は出ていません。ただし……」
使者は言葉を詰まらせる。
「村の井戸が、すべて汚染されています」
室内の空気が一気に冷えた。
「毒、ですか」
「魔術によるものと考えられます」
私は思わず拳を握った。直接の殺戮ではなく、生活基盤を破壊する——それは、長期戦を見据えたやり口だ。
「目的は、恐怖と疲弊だな」
伯爵の声は低い。
「騎士団を分断し、聖女の負担を増やす」
「……私を狙っている?」
「結果的には、そうなる」
伯爵は迷いなく言い切った。
「だが、相手の思惑通りには動かない」
彼は地図を指す。
「第一隊を村へ派遣する。治療と浄化を優先だ。第二隊は周辺の警戒、第三隊は城の防備を固める」
「私も、村へ行きます」
「君は城に残る」
即答だった。
「でも、井戸の浄化は私でなければ——」
「それは分かっている」
伯爵は一歩近づき、声を落とす。
「だからこそ、護衛を厚くする。レオンを同行させる」
レオンさんが、背筋を伸ばした。
「必ずお守りします」
その言葉に、私は深く頷いた。
正午前、騎士団は出立した。
村へ向かう道すがら、空気は重い。誰もが、次に何が起きるかを考えている。
「……セラ様」
「はい?」
「怖く、ありませんか」
馬を並べるレオンさんが、小さく尋ねた。
「正直に言えば、怖いです」
「それでも、行くんですね」
「はい」
私は前を見据えたまま答える。
「怖いからこそ、放っておけない」
村に到着すると、住民たちは不安げな表情で迎えた。
「聖女様……!」
「どうか、お助けください……」
井戸を確認すると、確かに強い瘴気が漂っている。
「下がってください」
私は深呼吸し、魔力を解放した。
白い光が井戸を包み込み、黒く濁った気配が、ゆっくりと霧散していく。
その最中——
「伏せろ!」
レオンさんの叫び。
次の瞬間、矢が地面に突き刺さった。
「敵襲!」
騎士たちが一斉に動く。
木立の向こうから、黒装束の影が現れた。
「セラ様を囲め!」
剣戟の音が響く。
私は浄化を中断せず、集中を保った。ここで止めれば、井戸は再び汚染される。
(大丈夫……信じて)
騎士たちは、見事な連携で敵を押し返していく。
数分後、最後の敵が撤退した。
「負傷者は!?」
「軽傷が二名!」
私はすぐに治癒に向かった。
「ありがとう……」
「無事で、何よりです」
井戸の水は、澄み切っていた。
村人たちが、涙を浮かべて頭を下げる。
「聖女様……騎士様……」
その光景を見て、胸が締めつけられた。
城へ戻る途中、ユリウス伯爵が馬を寄せてきた。
「報告は受けた」
「はい……待ち伏せでした」
「君に怪我は」
「ありません」
伯爵は、ほっと息をついたようだった。
「騎士たちは、よくやった」
「あなたの指揮があったからです」
「……君は、相変わらずだな」
わずかに、口元が緩む。
「だが、今回で確信した」
「何を、ですか」
「敵は、君を孤立させたい」
伯爵の目が鋭くなる。
「なら、こちらは逆を行く」
「逆、ですか」
「君を、より前面に出す」
私は目を見開いた。
「守るために、隠すのではない」
「……?」
「守るために、共に立つ」
その言葉は、重く、そして力強かった。
城門が見えてくる。
夕陽に染まる城を見上げながら、私は思った。
この戦いは、剣と魔法だけのものではない。
信頼と覚悟の戦いなのだ。
そして私は——
もう、一人ではない。




