表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: 高橋弘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

037話 王都

 王都へ向かう馬車は、静かに雪解けの街道を進んでいた。


 揺れに身を任せながら、私は膝の上で手を組む。窓の外を流れる景色は穏やかで、これから向かう場所が孕む緊張とは、ひどく不釣り合いだった。


「緊張しているか」


 向かいに座るユリウス伯爵が、静かに声をかけてくる。


「……少しだけ」

「正直でいい」


 伯爵はそう言ってから、少しだけ声を落とした。


「だが、君が思っているほど、一方的な場にはならない。俺もいる」

「はい……ありがとうございます」


 その言葉だけで、胸の奥に芯が通る。


 王都の聖堂は、変わらず荘厳だった。高い天井、白い石柱、そして祈りの残滓が染みついた空気。


 案内された広間には、すでに教会側の人間が揃っていた。大司教、枢機卿、王家の使節——その中に、見覚えのある顔がある。


(……あの人)


 かつて、私を「無能」と切り捨てた神官だった。


 彼は私を見て、一瞬だけ視線を逸らす。


「シュネーブルク辺境伯、並びに聖女セラ・アッシュタール殿」


 形式的な挨拶が交わされ、会談が始まった。


「本日は、聖女の現状確認と、今後の在り方について話し合いたく——」

「結論から言おう」


 ユリウス伯爵が、低く遮った。


「セラは、ここへ戻る意思はない」

「ですが——」


 大司教が口を開く前に、私は一歩前に出た。


「私から、話させてください」


 空気が張りつめる。


 伯爵は一瞬だけ私を見たが、何も言わなかった。


「私は、セラ・アッシュタールです」


 自分の名を名乗ると、不思議と落ち着いた。


「かつて、ルミナリア王国の聖女でした。結界の維持、治癒、祈祷……与えられた務めは、全て果たしてきたつもりです」


 誰も口を挟まない。


「ですが、私は人でした。疲れもすれば、傷つきもする。それを伝えることは、許されなかった」


 視線を上げ、大司教を見る。


「魔力が衰えたとき、私は切り捨てられました。説明もなく、理解もなく。ただ『役に立たない』と」


 ざわ、と小さく空気が揺れた。


「シュネーブルクで、私は初めて、人として扱われました。力ではなく、意思を尊重されました」


 ユリウス伯爵の存在を、背中に感じる。


「だから、戻りません。ここにいるのは、私自身が選んだ結果です」


 沈黙。


 やがて、大司教が重く口を開いた。


「……君は、聖女だ。その力は、民のために——」

「力は、私の一部です」


 私は、はっきりと言った。


「ですが、私そのものではありません。私の人生は、私のものです」


 長い沈黙の後、王家の使節が咳払いをした。


「意思は確認しました。ただし——」

「条件がある、ですね」


 ユリウス伯爵が言う。


「ええ。今後、セラ殿が他国で聖女として活動する場合——」

「それも、私が決めます」


 再び、私が遮った。


「求められ、納得したときにだけ」


 伯爵の口元が、わずかに緩む。


 最終的に、合意はこうだった。


 私はルミナリアに戻らない。

 教会はそれを公式に認める。

 ただし、緊急時に限り、私が「協力を検討する余地」を残す。


 曖昧で、政治的な妥協だ。


 それでも——


 馬車で王都を離れるとき、私は深く息を吐いた。


「……終わりましたね」

「ああ」


 伯爵は、珍しく疲れたように目を閉じた。


「よくやった、セラ」

「ユリウス伯爵のおかげです」

「違う」


 彼は目を開け、私を見る。


「君が、自分で立った」


 その言葉が、何より嬉しかった。


 城に戻ると、フェルンと騎士たちが待っていた。


「おかえりなさい、セラ様!」

「無事でよかったです!」


 次々にかけられる声に、胸が温かくなる。


 その夜、部屋に戻ると、花瓶の花が静かに揺れていた。


 もう、戻らなくていい。


 そう思うと、ようやく——


 本当に、ここに根を下ろせた気がした。


 窓の外では、春の気配を含んだ風が、城を包んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ