003話 追放処分
湖の浄化作業が中止となって、一週間が過ぎた。
——聖女セラは魔力を失ったらしい。
その噂はあっという間に広まり、私の王国内での立場はみるみる悪化していった。
今ではリディア王女に、
「もう仕事なんてしなくていいから」
と言われ、自室での待機を命じられている。
あれ? これ悪化でいいのかな?
やったー連休じゃん、きゃっほい!
なんて最初のうちははしゃいでいたが、私の国外追放が予定されていると耳にしてからは、どうも落ち着かない。
「これ……伝えた方がいいのかな」
ベッドに寝転がったまま、指先に魔力を集める。
すると、ぽうっと光の玉が浮かび上がって、周囲の空気を浄化した。
実は私は、完全に魔法が使えなくなったわけではない。
部屋の中でリラックスしている時や、仲のいい人を治癒する時は、ほんの少しだけ魔法を起動できるのだ。
つまり私ができなくなったのは、『自分の意思に反して魔法を使うこと』だったりする。
だから魔力を失ったのではなく、社会人としての気力を失ったと言った方が正しいのかもしれない。
そんなのただの甘えだと言われそうだけど、自分でもどうしてこうなったのかわからないのだ。
(ちょっとだけ魔法が使えると教えたら、追放処分を考え直してくれるのかな)
ゴロゴロと寝返りを打ちながらあれこれ考えていると、ドアがノックされた。
「はーい」
今はお昼を少し過ぎたところ。
誰かが昼食を誘いにきたのかな? と思いながらドアを開けると、そこに立っていたのはリディア様だった。
背後にはブルーノ大司祭が控えており、左右を護衛の兵士に囲まれている。
その物々しい様子から、只事ではない雰囲気が伝わってくる。
「あんたの処分が決まったわ」
処分。
それで全てを察した。
私が覚悟を決めるのと同時に、リディア様は愉快そうに言葉を発した。
「あんたは湖の浄化に失敗し、私に恥をかかせた! あげく魔力まで失って、役立たずになったわ! しかも聞くところによれば、ブルーノ大司祭に色目まで使っていたそうね! これは重罪よ!」
「……は?」
ちょっと待った。
前半は納得できるが、後半は意味がわからない。
ブルーノ大司祭と不倫してたのはあなたでは……?
「ねっ、ブルーノ? そうよね?」
私が口をパクパクさせていると、ブルーノ大司祭は目を逸らしながら「ああ。本当に驚かされたよ」と頷いた。
この人達、何を言ってるの?
呆れて言葉を失っている間に、次々と罪状が読み上げられていく。
ああだこうだと理由をまくし立てているが、真の理由は「不倫の口止め」に決まっている。
あまりの浅ましさに、だんだんこの国に住みたいという気持ちが薄れていくのを感じた。
もういいや、だったらもう追放されてあげようじゃないの。
「で、私はどこに捨てられるんですか?」
私の問いに、リディア王女がつんと答える。
「ユリウス辺境伯の領地に置いてくるから、後は自力でなんとかすることね」
……なるほど、つまりほぼ死刑というわけだ。本当ににいい根性をしてらっしゃる。
ユリウス・ヴァレンシュタイン伯爵は、北方の隣国、シュネーブルクに住まう貴族だ。
彼の噂は、政治に疎い私ですら耳にしたことがある。
残忍で冷酷で、一度でも敵対した人間には容赦ない制裁を与えるという。
その感情を感じさせない戦い方から、ついたあだ名は『氷の騎士』。
そんな人物の領地に魔法を使えなくなった女を置き去りにしたら、どうなるかは目に見えている。
「シュネーブルクは魔物が多い地域だそうよ。身を守る術がなくなったあなたには、少し厳しい環境かもしれないわね」
わざわざ心配するような口調で言っているが、その目は笑っていない。
「でも大丈夫。ユリウス伯爵は有能な方だと聞いているわ。きっとあなたの『使い道』を見つけてくださるはずよ」
……使い道。
なんだろう、いっそこの場でひと思いに殺してくれた方が楽な気がする。
だが私に対する配慮などあるはずもなく、部屋を退去するよう命じられた。
「……今までお世話になりました」
荷物をまとめ終えると、廊下に控えていた兵士達が私の腕を掴んでズンズンと歩き始めた。
引きずられるようにして大聖堂の外に出ると、停車していた馬車に押し込まれる。
行き先はもちろん隣国シュネーブルクだ。
「お祈りは済ませたか?」
「結構です。ここに神様はおりません」
「そうかい」
兵士の軽口をいなし終えるや否や、馬に鞭が入れられ、鉄の車輪が動き始めた。
……さようならルミナリア王国。
次第に小さくなっていく故郷を目で追いながら、私は静かに目を閉じた。
もう二度と戻ることはないだろう。 そしてそれでいいのだと、不思議と清々しい気持ちになれた。
もう一度目を開けた時に、視界が滲んでいたのは気のせいだと思いたい。




