028話 王都議会
王都議会の会場は、思っていた以上に重苦しい空気に満ちていた。
半円状に並ぶ席には、各地から集まった貴族や高官たちがずらりと座っている。
その視線が、中央に立つ私とユリウス伯爵に突き刺さる。
(……試されている)
そう感じた。
「それでは、会議を再開する」
議長の低い声が響く。
「本日の議題は二つ。
一つは、シュネーブルク辺境伯ユリウス・ヴァレンシュタインの婚約について。
もう一つは、ルミナリア王国からの使者による抗議についてだ」
ざわめきが起きる。
私は無意識に背筋を伸ばした。
ここで曖昧な態度を取れば、再び「誰かの都合」で振り回される。
それだけは、もう嫌だった。
「まず、辺境伯」
議長の視線がユリウス伯爵に向く。
「君の婚約は、国にとって無視できない影響を及ぼす。
説明を求めたい」
ユリウス伯爵は一歩前に出た。
「説明は、既に城門前で行った」
「ここは正式な議会だ」
「なら、正式に答えよう」
彼の声は静かだが、揺るぎがない。
「セラ・アッシュタールは、俺の婚約者だ。
それ以上でも、それ以下でもない」
「彼女は元・他国の聖女だぞ」
「元、だ」
きっぱりと言い切る。
「彼女はルミナリア王国に属していない。
追放という形で、その立場を失った」
「……」
「今さら必要だと言われても、知ったことではない」
一部の貴族が顔をしかめた。
「感情論ではないか」
「違う」
ユリウス伯爵は私をちらりと見てから、再び前を向いた。
「これは、君たちが今後どう振る舞うかという問題だ」
「どういう意味だ」
「一度切り捨てた人間を、都合が変わったからと奪い返す。
それを容認する国でありたいのか?」
沈黙。
議会の空気が、少しずつ変わっていくのを感じた。
「……次に、ルミナリア王国の使者を」
議長の合図で、黒衣の男が前に出る。
「我が国は、セラ・アッシュタールの返還を正式に要求する」
「理由は」
「彼女は、本来我が国に仕えるべき聖女だ」
私は、はっきりと前に出た。
「違います」
場内が静まり返る。
使者はしばらく黙り込み、やがて歯噛みするように言った。
「……本国に持ち帰ろう」
そうして、彼は席を下がった。
議会が終わったのは、それからかなり後だった。
完全な決着ではない。
けれど、少なくとも「返還要求」は保留という形になった。
控え室に戻った瞬間、私は大きく息を吐いた。
「……疲れました」
正直な言葉だった。
ユリウス伯爵は、そんな私を見て少しだけ口元を緩める。
「よくやった」
「本当に、そう思ってますか」
「ああ」
彼は、私の前に立つ。
「君は、自分の意思で立っていた」
「……」
「それが何より大切だ」
私は、そっと笑った。
「昔の私だったら、何も言えなかったと思います」
「今の君は違う」
「はい」
自分でも、そう思う。
「……ユリウス伯爵」
「何だ」
「これから、もっと大変になりますよね」
「なるだろう」
彼は否定しない。
「でも」
「?」
「一人じゃない、って思えるだけで……怖くないです」
その言葉に、彼は一瞬だけ目を伏せた。
「君が隣にいるなら、俺も同じだ」
短い言葉。
けれど、確かな温度があった。
窓の外では、雪がやんでいた。
灰色の雲の隙間から、わずかに光が差し込んでいる。
(……前に進める)
まだ問題は山積みだ。
ルミナリアは諦めないだろう。
王都の貴族たちも、全員が味方とは言えない。
それでも。
私はもう、自分の居場所を疑わない。
ユリウス伯爵の隣で。
この国で。
私は、聖女ではなく――
セラ・アッシュタールとして、生きていく。
その未来を、選び取る覚悟は、もうできていた。
「私は、自分の意思でルミナリアを去りました」
「だが、君は――」
「利用され、捨てられました」
自分でも驚くほど、声は震えていなかった。
「必要とされなくなったから追放された。
それが事実です」
「……」
「今になって返還を求めるのは、国の都合です。
私の意思ではありません」
使者の目が険しくなる。
「君一人の感情で、国家の決定を――」
「国家が、個人の人生を踏みにじっていい理由にはなりません」
そう言い切った瞬間、胸の奥がすっと軽くなった。
言えた。
ずっと、言えなかった言葉を。
ユリウス伯爵が、静かに続ける。
「彼女は、俺の国で守られている」
「……」
「それを侵すなら、国交問題に発展するだろう」
脅しではない。
事実の提示だ。




