表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: 高橋弘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/50

026話 激闘

 夜明け前の森は、戦いの余韻をまだ色濃く残していた。


 折れた枝、抉れた地面、そしてあちこちに残る魔力の痕跡。

 騎士たちは手分けして周囲を警戒しつつ、負傷者の確認と後処理に追われている。


 私は簡易的に張られた幕の中で、最後の治癒を終えたところだった。


「……これで全員、大丈夫です」


 そう告げると、騎士の一人が深く頭を下げた。


「ありがとうございました、セラ様」

「いえ。皆さんが守ってくれたおかげです」


 本心だった。

 どれだけ力があっても、私は一人では戦場に立てない。


 幕の外に出ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 空は薄く白み始め、森の輪郭が少しずつ浮かび上がっている。


「無理はしていないか」


 背後から、落ち着いた声がかかる。


 振り返ると、ユリウス伯爵が立っていた。

 剣はすでに鞘に収められているが、その姿勢はまだ緊張を解いていない。


「はい。少し疲れましたけど……平気です」

「そうか」


 彼は短く頷き、私の手元を見る。


「手が震えている」

「……気づかれましたか」


 苦笑すると、彼はそっと私の手を取った。


「無理をした証拠だ。君は、十分やった」

「でも……」


 言いかけて、言葉を飲み込む。


 あのとき、魔力をぶつけ合った瞬間。

 確かに私は、限界を越えていた。


「怖かったです」


 ぽつりと零すと、彼の指先がわずかに強くなる。


「また、奪われるんじゃないかって。

 力を使えば使うほど、私が“聖女”として見られてしまう気がして……」


 沈黙。


 やがて、ユリウス伯爵は低く、しかしはっきりと言った。


「君が何者かを決めるのは、君自身だ」

「……」

「聖女であることも、人であることも。どちらか一方ではない」


 その言葉は、胸の奥に静かに落ちていった。


「俺は、君を“聖女だから”必要としているわけじゃない」

「ユリウス伯爵……」

「君が君だからだ」


 不意に、目の奥が熱くなる。


「……ずるいです」

「何がだ」

「そんなふうに言われたら、もう……戻れなくなります」


 彼は一瞬、驚いたように目を瞬かせたあと、苦笑した。


「それでいい」


 夜明けの光が、彼の横顔を淡く照らす。


「君が戻らなくていい場所を、俺が用意する」


 その言葉に、私は小さく息を吸い、頷いた。


「……信じます」

「ああ」


 短いが、確かな約束。


 そこへ、フェルンが人の姿で近づいてきた。


「セラ様、周囲の確認が終わりました」

「ありがとう、フェルン。異変は?」

「今のところは。ですが……」


 彼女は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せた。


「アルヴェインは、明らかに単独行動ではありません」

「やっぱり……」

「背後に、別の意思を感じました。もっと大きな――歪んだものを」


 嫌な予感が、背筋を走る。


「ルミナリア王国、ですか?」

「それだけではないかもしれません」


 フェルンは静かに言った。


「人の国だけじゃありません。聖女という存在そのものを、利用しようとする流れです」


 私は思わず、胸元に手を当てた。


「……私が、原因?」

「違います」


 即座に、フェルンは首を振る。


「セラ様が自由であることを、彼らは恐れているのです」


 自由。


 かつての私は、その言葉を口にすることすら許されなかった。


「王都へ戻りましょう」


 ユリウス伯爵が、静かに告げる。


「この件は、正式に議会へ報告する。

 婚約の公表も、予定を早める」


 胸が小さく跳ねた。


「……大丈夫でしょうか」

「大丈夫にする」


 迷いのない声。


「君を曖昧な立場には置かない」


 私は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「……私も、逃げません」

「それでいい」


 馬車の準備が進む中、私は最後に森を振り返った。


 ここは、私が“守る側”として初めて立った場所。

 恐怖もあったけれど、それ以上に――確かな手応えがあった。


(私は、選んだ)


 誰かに決められた道ではなく、自分で選んだ場所を。


 馬車が動き出す。

 王都へ、そして新しい局面へ。


 隣に座るユリウス伯爵の存在を感じながら、私はそっと目を閉じた。


 これから先、きっと困難は続く。

 聖女であることを狙う者も、自由を許さない者も現れるだろう。


 それでも。


(私は、もう一人じゃない)


 そして何より——

 私は、自分の人生を生きる覚悟を決めたのだから。


 夜明けの光が、馬車の窓から差し込む。


 新しい章が、静かに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ