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燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: 高橋弘


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022話 過保護

 城へ戻ると、張り詰めていた空気がようやく緩んだ。

 騎士団の面々は医務室へと運ばれ、廊下にはほっとした安堵の気配が漂っている。


 その瞬間だった。


(……あ)


 視界が、ふっと揺れた。

 足元が遠のくような感覚に、思わず息を詰める。


「セラ」


 名前を呼ばれるより早く、腕を取られた。

 気づけば、ユリウス伯爵にしっかりと支えられている。


「……大丈夫です。少し、立ちくらみが……」

「嘘をつくな」


 低い声。だが、明確な怒気ではなく――心配だ。


「魔力を使いすぎた。自覚はあるだろう」


 否定できなかった。

 確かに、さきほどの治療は人数が多すぎた。無理をした自覚はある。


「……皆さん、無事でしたから」

「だからといって、自分を削っていい理由にはならない」


 ぴしゃり、と言い切る声。

 けれどその手は、驚くほど優しく私の腕を支え続けている。


「部屋へ戻る。これは命令だ」

「はい……」


 逆らえる空気ではなかった。




 自室に戻されると、私はそのままソファに座らされた。

 ユリウス伯爵は無言で外套を脱ぎ、暖炉に火を入れる。


 その一連の動きがあまりにも手慣れていて、少しだけ驚いた。


「……慣れていらっしゃいますね」

「怪我人を看ることは多い」


 短くそう答えてから、伯爵は私の前に膝をついた。


「目を閉じろ」

「え?」

「魔力の流れを確認する」


 そう言われ、私は素直に目を閉じる。

 次の瞬間、額に温かい手が触れた。


 ——近い。


 思わず息を詰めた私に、伯爵は気づいているのかいないのか、淡々と魔力を探る。


「……やはり、かなり消耗している」

「でも、休めば……」

「休む。今すぐだ」


 有無を言わせぬ口調。


「セラ」


 名前を呼ばれ、目を開ける。

 そこには、私をまっすぐに見つめる瞳があった。


「お前は、誰かの役に立つ前に、自分の身を守れ」

「……それは、聖女として……」

「婚約者としてだ」


 言葉が、胸に落ちる。


「俺は、君が傷つくのを見たくない」


 その声音は、ひどく静かで、ひどく真剣だった。




 しばらくして、部屋の扉がノックされた。


「セラ様ー? 生きてますー?」


 間延びした声に、思わず口元が緩む。


「フェルン……どうぞ」


 扉が開き、フェルンがひょこっと顔を出した。

 尻尾が元気よく揺れている。


「いやー、下がすごかったですよ! 騎士さんたち、セラ様のこと神様みたいに崇めてました!」

「大げさだよ……」

「いや、事実ですって!」


 ぱっと場の空気が明るくなる。

 フェルンは私の様子を一目見て、すぐ察したらしい。


「あー……使いすぎましたね?」

「……少し」

「少しじゃない顔ですよ、それ」


 ずいっと顔を近づけてくるフェルンに、私は苦笑する。


 その横で、ユリウス伯爵が小さく咳払いをした。


「フェルン」

「はい?」

「セラを休ませる。話は短くしろ」

「わっ、怖っ……」


 フェルンは肩をすくめたが、すぐににやりと笑う。


「でも伯爵様、ちゃんと付き添ってるじゃないですか。独占欲、隠す気ないですね?」

「……余計なことを言うな」

「図星ですね」


 私は思わず噴き出してしまった。


「セラ様、笑える元気あるなら大丈夫です!」


 フェルンは満足そうに頷くと、ひらひらと手を振った。


「じゃ、私は下で様子見てきます。無理しないでくださいね!」


 嵐のように去っていく。




 静かになった部屋で、私は深く息を吐いた。


「……賑やかですね」

「あれはああいう性格だ」


 そう言いながらも、伯爵の口調はどこか柔らかい。

 私はソファにもたれ、天井を見上げる。


「ユリウス伯爵」

「なんだ」

「……私、役に立てていますか?」


 一瞬、空気が止まった。


 次の瞬間、額に軽く指が当たる。


「愚問だ」


 呆れたように、しかし即答だった。


「今日助けた命の数を、もう忘れたのか」


「……でも」

「セラ」


 呼ばれ、視線を向ける。


「君は、ここにいるだけでいい」


 それ以上の言葉はいらない、と言うように。


 胸の奥が、じんと熱くなった。


「……ありがとうございます」


「礼を言われることではない」


 そう言って、伯爵は立ち上がる。


「休め。夕食は後で運ばせる」


「はい」


 扉が閉まる直前、ふと立ち止まり、振り返った。


「……セラ」

「はい?」

「無理をするな。本当に」


 それだけ言って、扉は静かに閉まった。

 私はしばらく、その扉を見つめたまま動けなかった。


(……大切にされてる)


 その事実が、胸いっぱいに広がっていく。

 静かな部屋で、私はゆっくりと目を閉じた。

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