001話 氷の騎士
「俺は君を愛してなどいない。だが、この世の全てを与えると約束しよう」
ちょっと待ってほしい。
この人は一体何を言ってるんだろう?
だって私達、今日会ったばかりですよね? と思わず顔を凝視する。
「不服か? セラ・アッシュタール」
私を拾った貴族が、温度のない視線をこちらに向けてくる。
彼の名はユリウス・ヴァレンシュタイン辺境伯。
通称、氷の騎士。
この国でもっとも恐れられていると同時に、もっとも謎めいた人物だ。
今だって、どうしてこんなことを言い出したのか、さっぱりわからない。
「……あの。質問してもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「なぜ私なのでしょうか? あなたなら女の人なんて、選び放題なはずです……」
ユリウス伯爵は、まだ二十三歳になったばかり。将来有望な若き領主なのだ。
それだけでも優良物件なのに、艶のある銀髪に、アイスブルーの瞳を持つ美男子ときている。
まず女性に困ることはないだろう。
わざわざ地味でぱっとしない私を引き取るなんて、何かの間違いでは? と真剣に思う。
「それだけの価値があるからだ」
私が首を傾げている間も、ユリウス伯爵は淡々と話し続ける。
「俺は君を妻に迎えるにあたって、大幅に譲歩した契約を結ぼうと思っている」
「……譲歩した契約、ですか」
「ああ」
ユリウス伯爵は低い声で告げる。
「家のことはなんでもメイドにやらせる。君は何もしなくていい。ただそこにいるだけで古今東西の美食が運ばれてくる。衣類は何を着ても自由だし、何を買っても自由。誰と会っても構わないし、作りたければ愛人だって作っていい。夜の勤めに応じる必要も、ない」
「……よ、夜の勤めというのは……?」
「そういう意味だ。君が望むなら、俺は指一本触れないつもりでいる」
「そんなのって……」
「その代わり、何が何でも妻になってもらう。この条件では不満か?」
「いえ、とんでもありません! そうではなくて……!」
あまりにも私にとって有利な結婚なので、戸惑っているのだ。
こんなことをして、ユリウス伯爵はなんの得をするのだろう?
私が絶世の美女だとか、まともな聖女だったらわかるけれど、そのどちらでもないので謎は深まるばかりだ。
なんたって私は——
「……私の事情はわかってるんですよね?」
「ああ。だからこそ選んだ」
「……?」
おそるおそる彼の顔を見ると、冷たい眼差しに射抜かれた。
「いずれ、俺の言っている意味がわかる。必ずな」
窓の外では、遠く冬の風がうなっている。
現実感の乏しい提案をされているうちに、私の意識は徐々に過去へとさかのぼっていった。
祖国を追い出された、あの時へと——




