第四十六話……その日、帝国はハーフタイムに壊れた
ツーシームは、複数の星系を束ねる総管区の一つ、第四総管区に属する観光惑星へ、ふらりと降り立っていた。
帝国中枢からは遠く、かといって第六総管区の混沌とも距離がある。
ここ第四総管区は、政治的な熱量が低く、代わりに経済と娯楽が幅を利かせる地域だった。
イデオロギーよりも収支、正義よりも契約。
そんなリベラル気質の経済人たちが、この宙域の空気を作っている。
恒星光を反射する高層ホテル群の間を歩いていると、屋台と広告ホログラムが賑やかに客を呼び込んでくる。
香ばしい揚げ物の匂いと、人工香料の甘ったるさが混じった、いかにも「平和な星」の匂いだ。
「ジャガースとグリフォンズの試合のチケットはいらんかね?」
呼び止められて、ツーシームは足を止めた。
「……二枚貰おうか」
「毎度あり!」
紙と電子データが融合した簡易チケットを受け取り、彼女は肩をすくめる。
本当は一人で来るつもりだった。
だが、護衛役のビッグベアがどうしても付いてくると言って聞かなかったのだ。
ギャラクシーフットボール――
広大な帝国全域で親しまれている、サッカーを原型とした競技。
重力や気圧条件を調整したフィールドで行われ、帝国外の異星文化圏にも熱狂的なファンがいると噂されている。
スタジアムに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
歓声、罵声、金属音、振動。
観客席はすでに熱を帯び、中央上空には巨大スクリーンが浮かび、スター選手の動きを克明に映し出している。
「ジャガース! 今日は勝てよ!!」
「おい! 今年も最下位だけは勘弁してくれよ!」
愛情と諦めが入り混じった叫びが、スタジアムを満たしていた。
「船長も、ジャガースファンとは……物好きですな」
レッドベアの呟きに、ツーシームは即座に振り返った。
「うるせぇな!!」
一喝。
彼女は昔からのジャガースの熱狂的ファンで、チームの話になると周囲が見えなくなる性質だった。
「ごるぁ~! パスだパス! ルーキーがイキがってんじゃねーぞ!」
「ベテランのカス共もライン上げろ! 走れ! 走れボケェ!!」
ジャガースは、かつて植民地惑星の下町で結成された伝統あるチームだ。
そのファン層も、日雇い労働者や荒くれ者が多く、応援は常に荒っぽい。
だが、その声は本気だった。
同じ調子で罵声を飛ばすツーシームの姿を見て、レッドベアは両手で頭を抱える。
(……この人、さっきまで戦略資源を動かしてた人だよな?)
スタジアムの熱狂は、政治も戦争も忘れさせる。
少なくともこの瞬間、ツーシームはただの一人のファンだった
◇◇◇◇◇
試合はハーフタイムに入り、選手たちは引き揚げていった。
ジャガースは二対一で劣勢。
スタジアムには、期待と苛立ちが混じった重たい空気が漂っている。
「ちくしょう、後半で巻き返せよ……」
観客席からは、愛情半分・罵倒半分のブーイングが渦を巻いた。
売店では酒と軽食が飛ぶように売れ、金属床を踏み鳴らす足音が休憩時間のざわめきを作っていた。
そのときだ。
スタジアム中央上空に浮かぶ巨大モニターが、一瞬だけ暗転した。
次の瞬間、試合映像を押しのけるように赤い警告枠が割り込む。
《緊急ニュース》
ざわめきが、すっと静まった。
「本日未明、帝都ネオ・ベルゼブブにおいて――」
公営放送の男性アナウンサーは、明らかに声を張り上げていた。
その緊迫は、スタジアム全体に伝染する。
「謎の武装部隊が、神聖不可侵たる皇帝宮殿域を占拠したとの情報が入っております。これは反乱……いえ、クーデターの可能性も――!」
どよめきが起きる。
なにしろ、少なくとも三百年。
帝政が武力で脅かされた例など、歴史書の中にしか存在しなかった。
モニターに映し出されたのは、帝都の街並みだった。
大気の薄い準惑星でも問題なく稼働する装甲車両。
軍事パレードでも見かけない、新鋭の戦車群。
統一感のある塗装と装備が、即席の反乱ではないことを雄弁に語っている。
薄暮の空を切り裂くように曳光弾が走り、首都星の上空を不気味に照らし出した。
慌てて出動した帝都防衛空軍が突入するも、次々と対空ビーム砲に撃ち落とされ、燃える残骸が夜空に散る。
「……うん?」
レッドベアは、そこで眉をひそめた。
それは元軍人の目だった。
映像には、地上での戦闘がほとんど映らない。
帝都宮殿域の防衛には、最低でも惑星地上軍二個師団が常駐しているはずなのだ。
(妙だ……あまりにも「抵抗が無い」)
「これは……やはり政権内部か、あるいは軍部主導のクーデターでしょうな」
彼は声を落とし、ツーシームの耳元で囁いた。
だが――
「はぁ!? せっかくのジャガースの試合が台無しじゃないか! どうしてくれるんだい一体!!」
まったく別方向の嘆きが飛んだ。
スタジアムの緊張感など、どこ吹く風。
ツーシームは腕を組み、心底不機嫌そうにモニターを睨みつけている。
「今いいところなんだよ!? 後半で逆転するかもしれないのにさ!」
レッドベアは言葉を失った。
帝都が燃え、帝国が揺れ、歴史が書き換わろうとしているというのに――。
(……この人、やっぱり普通じゃない)
スタジアムには再びざわめきが戻りつつあった。
だがそれは、試合への熱ではないだろう。
帝国という巨大な構造物が、今まさに軋み始めた音だった。




