第四十二話……壊された玩具
惑星ヴァルカンの宇宙港に、異様な影が降りてきた。
それは艦でも貨物でもない。曳航され、軌道を外れ、まるで瀕死の獣のように引きずられてきた巨大な残骸だった。
かつて惑星破壊砲「オーディンの剣」と呼ばれたそれは、見る影もない。
全長2kmを超える外殻は焼け爛れ、装甲は裂け、内部構造が無惨に露出している。
ツーシームは港湾管制室の窓辺で、それを目にした瞬間、言葉を失った。
「……は?」
隣に立つユリウスの存在に気づき、ゆっくりと視線を向ける。
そして、もう一度、窓の外を見る。
「……貸すだけって言ったじゃないか?」
低く、押し殺した声だった。
だが次の瞬間、その声は鋭く跳ね上がる。
「撃つなんて話、してないだろうが!!」
怒気が室内を満たす。
ユリウスは肩をすくめ、耐えきれなくなったように一言だけ呟いた。
「……ご、ごめん」
それきり、彼は俯いて黙り込んだ。
言い訳も、弁明もない。
ツーシームは歯噛みし、拳を握りしめたまま、ふと気づく。
傍らに控える老臣グレゴールの表情――それが、ただ事ではないほど沈んでいたことに。
「……断れない状況だったのか?」
その問いに、グレゴールは静かに頷く。
「あのままであれば、将兵たちの死傷者は数えきれないものとなったでしょう。
それを見通せた若様は……その決断をなされました」
ユリウスは、耐えきれずに一歩前に出る。
「……ご、ごめんなさい」
深く、深く頭を下げる。
代償を求められるなら、払う覚悟はある。
だが相手は古代超文明の遺産だ。
金でも権力でも、どうにもならないかもしれない。
「ちっ……」
ツーシームは舌打ちし、視線を逸らした。
「どうせ坊ちゃんは、間違ってないさ。……でも、それが余計に腹立つんだよ」
そう吐き捨て、再び窓の外を見る。
宇宙港に横たわる、無惨な姿の惑星破壊砲。
そこへ、背後からしわがれた声がかかる。
「修理してみるかい?」
ゾル婆だった。
ツーシームは、かすかに首を振る。
「そんなことをすれば、天文学的な予算が吹き飛ぶ。修理できる保証もない。……まぁ、生きてる部品を抜いて、あとは廃棄だね」
「あいよ」
短い返事。
それ以上、誰も何も言わなかった。
ツーシームは、まるで大事なおもちゃを壊された子供のように肩を落とし、背を向ける。
「……ちくしょう」
小さく吐き捨てて、彼女は宇宙港を後にした。
◇◇◇◇◇
その日の深夜。
惑星ヴァルカンの下層区、場末と呼ぶのも生ぬるい酒場で、ツーシームは一人、スロット台に張り付いていた。
店内は薄暗く、甘ったるい酒と焦げた油の匂いが混じっている。
古い換気扇が、意味もなく唸り続けていた。
ツーシームは店の隅に置かれた年代物のスロットマシンに腰を下ろし、気だるそうにレバーを引く。
ガチャン、ガチャン、と虚ろな音が繰り返される。
灰皿には、安煙草の吸殻が山のように積まれていた。
吸っては消し、また火を点ける。
煙草の味なんて、もうどうでもよかった。
「……ちくしょう!!」
突如、ツーシームは台を激しく叩いた。
表示窓には、明らかに当たりを示す数列が揃っている。
メダルも、じゃらじゃらと吐き出されていた。
それでも、彼女の苛立ちは収まらない。
「一生に一度、お目にかかれるかどうかの代物だったんだぞ……」
声が震える。
「きちんと復元してさ、構造を暴いて、設計思想を覗いて……。それを、あのクソガキのせいで……クソッ……!」
最後は言葉にならなかった。
ツーシームは顔を伏せ、肩を震わせる。
悔しさと、どうしようもなさが、一気に込み上げてきた。
泣いていることに、自分でも腹が立つ。
だが、止められなかった。
カウンターの向こうにいた酒場の親父は、何も言わなかった。
ただ無言で立ち上がり、使い古された毛布を一枚、彼女の背中にそっと掛ける。
ツーシームは、それを振り払うこともできず、そのまま朝まで泣き続けた。
やがて夜が白み、店内のネオンが消える頃。
ツーシームは、泣き腫らした目のまま立ち上がる。
カウンターでは、親父が椅子に座ったまま、船を漕いでいた。
彼女は静かに毛布を外し、今度はその背中に掛け直す。
「……世話になったね」
小さく呟き、カウンターに腰を下ろす。
金貨を二枚、無造作に置き、棚に転がっていたブランデーの瓶を掴んだ。
グラスも使わず、喉に直接流し込む。
その横で、古びたモニターが不安定な映像を映し出した。
星間放送の臨時ニュースらしい。
砂嵐の向こうに映るのは、第五総管区の長――サリーム・アル=ハディード侯爵の姿だった。
大勢の民衆を背に、彼は力強く演説している。
「我々第五総管区の民は、帝国中央の圧政に抗すため立ち上がった。そして友邦たる第六総管区の民と共に、ルドミラ同盟を設立する!」
歓声が、映像越しにも伝わってくる。
「ルドミラの神々よ、我らに武運長久を賜らんことを……!」
ツーシームは、ブランデーを一息で飲み干し、モニターを睨んだ。
「……やれやれ」
誰にも聞かれない声で呟く。
「世界は壊れる時だけ、やけに元気だね」
彼女は煙草に火を点け、重たい溜息を吐いた。
夜は終わったが、厄介事は――まだ始まったばかりだった。




