第三十八話……伝説という兵器
――グラストヘイム要塞攻防戦の最中。
ツーシームとユリウスは久方ぶりに惑星ヴァルカンの地を踏んでいた。
そしてアーヴィング侯爵の派遣した参謀、レングナー準男爵が控えめに付き従う。
彼の役目は表向き参謀、実態はお目付け役である。
その夜、三人は在地領主たちと共に、館の屋上テラスで晩餐会に参加していた。
夜空には交易船の航跡が線を描き、以前は錆びた資源惑星にすぎなかったヴァルカンが、いまや便利な交易路として再発見されつつあることを雄弁に物語っていた。
長いテーブルには、温かい蒸気を立てる肉料理、芳香の強い根菜のポタージュ、不透明な酒精飲料、そして貴族向けの濃厚なチーズや果物、菓子まで並ぶ。
見たこともない珍味を前にして、参加者たちの顔には活気と欲望と希望が入り混じっていた。
「皆様の輝かしい未来に――乾杯!」
「「乾杯!」」
グラスが重なり合い、小気味よい音がテラスに散った。
惑星ヴァルカンには、多数の移民が流入し始めている。
治安、自治、徴税、都市計画――あらゆる行政機構を急いで整えねばならない。
父亡き今、ユリウスが政治的に頼れるのは、この経験豊かな在地領主たちであった。
さらに今夜はもう一つ目的がある。
銀を集めるための商会設立に向け、出資を募るのだ。
「だりぃねぇ……」
ツーシームがグラスを傾けながらぼやいた。
表向き彼女はフォックス社の社長であり、銀の調達に向けて急速に成長する大商社の顔役であった。
立ち振る舞いは華やかでなければならず、愛想笑いも求められる。
それが彼女には何より億劫だった。
「……ささ、こちらへどうぞ」
出資受付の実務はゾル婆が一手に仕切る。
その隣に無言で立つビッグベアの存在は、言葉以上の威圧効果を放っていた。
酔った小役人が涎を拭いながら聞く。
「婆さん、それって幾らから出資できるんだ? 成功したら儲かるんだろ?」
「成功したら分け前は大きいよ。募集は一口1000帝国ルーブルから。支払いは銀貨が嬉しいね」
「ほぉ、一口やるわ!」
「俺もだ!」
「うちも!」
1000帝国ルーブルとは、惑星ヴァルカンの平均労働者の一か月分の給金に相当した。
それでも、一攫千金を夢見る人々にはちょうど手が届く額である。
そして評判は足の速い鳥のように広まり、領内の住民に加え、交易商や旅の者まで続々と口数を買い求めていった。
三日後、フォックス社は正式に「アルテミス商会」と改称。
商会長はツーシーム、筆頭株主にアストレア子爵ユリウス、そして最高顧問にはアーヴィング侯爵の名が刻まれた。
それはつまり――
アルテミス商会が侯爵家公認であることを意味し、信用と威光によって、さらに外部からの出資が雪崩のように押し寄せる結果となった。
ヴァルカンの夜空には、今日も交易船の灯が途切れなく流れていた。
反乱戦争の最中でありながら、ここでは未来を先回りする者たちの饗宴が続いていた。
◇◇◇◇◇
その二日後の夜――。
惑星ヴァルカンの上空に、全長二キロにも及ぶ黒い筒状の物体が静かにワープアウトした。
姿は船にも見えず、兵器にも見えず、ただ無言のまま衛星軌道上に漂っていた。
だが、その無機質な巨躯には、歴史の埃と敗戦の煤がこびりついているかのような質感があった。
表面はひび割れ、古い修復跡が縫い目のように走り、褪色した警告マーキングが所々に残っている。
かつて主機らしき部位は焼け爛れ、センサーの多くは取り外されたのか空洞のままだ。
一部の装甲板は溶断された痕跡すらあった。
それは、太古の巨大兵器がただ朽ちゆく様を静かに晒しているようでもあった。
この奇妙な遺物は、次元潜航艇の件でツーシームへの褒賞として届けられたものだった。
最も鋭く反応したのは意外にも、派遣参謀のレングナー準男爵であった。
「……こ、これは……まさか……惑星破壊砲『オーディンの剣』ではないか!? しかも実在していたとは……どこで手に入れたのだ、このような遺物を……!」
レングナーは喉を鳴らし、目を見開いたまま固まっている。
ツーシームは肩をすくめながら淡々と答えた。
「そうね。都市伝説じゃなくて実物さ。太古の地球文明が作ったって言われてる『オーディンの剣』。でも――」
彼女は指で外板の破れた継ぎ目を軽く叩いた。
「見ての通りボロよ。中枢制御は死んでるし、出力炉もクラックだらけ。まともに撃てるわけないじゃない」
巨大兵器の内壁は、経年劣化で陥没した箇所や、保修用パネルで雑に塞がれた部分が残っていた。
内部の量子導管は半数以上が断線し、砲身内壁は焼けただれ、光学反射板は欠損したまま。
まともに冷却制御すらできない。
それでも「その名」が持つ重みは消えない。
数々の要塞惑星を灰に変えたとされる兵器の伝説は、帝国士官にとって魂を震わせる響きをまだ宿していた。
レングナーは息を詰め、しかし熱のこもった声で言った。
「撃てなくともかまわぬのです! 是非、持ち込んでいただきたい戦域がある」
彼の頭に浮かぶのは――いままさに攻防の渦中にあるグラストヘイム要塞。
詳細は秘匿されているため、ユリウスですら今になって詳しい戦況の説明を受けることになったのだった。
「……たしかに、『見せれば降伏するかもしれない』ということね。張りぼて役ってやつ」
ツーシームはくすりと笑った。
その目は薄く艶めき、商売人のそれに近い。
「是非、お役に立ちたいです!」
ユリウスが前のめりに言い切った瞬間――
ツーシームは眉を吊り上げた。
……え?
それってアタイの「玩具」なんだけど? と言いたげな表情である。
レングナーが困った笑みで取りなす。
「まぁまぁ、フォックス社長。譲渡するわけではありませんし、そなたも銀の件で侯爵家に恩がある。いわば貸してほしいだけなのです」
「うーん……」
ツーシームは不服そうに頬を膨らませたが、最終的にはユリウスが手を合わせて拝み倒した。
こうして――
惑星破壊砲「オーディンの剣」は、グラストヘイム戦域へと向かうことになった。
動力は概ね死んでいる。
照準用の光子コンピューターは狂っている。
砲身は劣化し、内部配線は焼け落ち、兵器としての機能はほぼ喪われている。
だがその威容は、なお――圧倒的であった。
まるで数千年前の神話から引きずり出された古の刃。
人は時に、実際の破壊力より「創造による未知の恐怖」に屈するのだ。
そしてその夜、ヴァルカンの空には黒々とした巨砲の影が星空を遮り、地上の民に謎の好奇と期待を同時に芽生えさせていた。




