第三十五話……銀と商会
アーヴィング侯爵家の首府、惑星クラウゼンへと向かう航路。
海賊船「モリガン」の居住区では、恒星光が鈍く差し込み、機関の低い鼓動だけが静かに響いていた。
テーブルに肘をつき、ユリウスは難しい顔で天井を見上げている。
その向かいで、ツーシームは安煙草をくわえ、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「まぁ……あたいにも銀が必要なのは分かるけどねぇ」
軽い口調とは裏腹に、その視線は真剣だった。
「いい方法はないかな?」
ユリウスは身を乗り出す。
「他の宙域からも銀を集めたいんだ。第六総管区だけじゃ、どう考えても足りない」
「……商会制度、かなぁ」
ツーシームは煙を吐きながら、ぽつりと答える。
この世界でいう「商会」とは、株式会社に近い存在だ。
様々な物資を扱うための、合法と非合法の境界線に立つ事業体。
「でも、僕たちは商会を設立できないよ?」
それはユリウス自身が誰よりも理解している掟だった。
地方を治める帝国貴族は、事業を興してはならない。
力と富が結びつくことを恐れた、帝国中枢の古い縛りである。
「いやさ」
ツーシームは煙草を咥え直し、口の端をつり上げた。
「坊っちゃんが、商会の『主』になる必要はないんじゃない?」
「……じゃあ、誰が?」
一瞬の間。
それから彼女は、悪戯っぽく笑った。
「あたい。……じゃ、だめかな?」
「なるほど」
ユリウスはすぐに理解し、頷いた。
「つまり形式上は、僕は出資者にすぎないんだね?」
「うん」
ツーシームは指を折って説明する。
「でもさ、それだけじゃ全然足りないだろ? だから他の星系の貴族や――二級市民に至るまで、出資を募るのさ」
「えっ!?」
ユリウスは目を丸くする。
「星系外からも? しかも……二級市民?」
通常、商会は星系単位で完結する。
しかも、先々代皇帝が『投機』を嫌った影響で、出資の最低単元は庶民には手の届かない額にするのが暗黙の了解だった。
「中央政府に、怒られないかな……?」
不安げなユリウスに、ツーシームは肩をすくめる。
「表向き内乱だからって、星系を跨ぐ商取引や物流を全部止めたら、中央だって損するさ」
この世界では、制裁と黙認が同時に存在する。
経済活動を「ほどほど」に許すことで、中央は独立心旺盛な地方を縛り、揺さぶり、従わせてきたのだ。
だからこそ――
地方貴族家にとっては、この「曖昧さ」をどう突くかが命綱になる。
「……じゃあ、この方向でいいなら」
ツーシームは煙草を消し、立ち上がる。
「細かい詰めは、ゾル婆にやらせるよ?」
「うん。お願いする」
ユリウスは深く頷いた。
こうして二人は、夜を徹して意見をぶつけ合い、制度の隙間を縫う、危うい計画を密かに練り上げていく。
◇◇◇◇◇
夜更けのアーヴィング侯爵家の館。
分厚い大理石に囲まれた奥の会議室には、静かな灯りがともり、数多くの将官たちが、侯爵を囲むように席に着いていた。
「おおう、よくやってくれた!」
アーヴィング侯爵は、ユリウスの報告に大きく頷き、満足げに声を張り上げた。
「其方の外交での働きは、のちの銀河史において必ずや称えられようぞ」
「ありがたき幸せに存じます」
重たい外交案件を解決したという達成感からか、侯爵の顔色は明らかに明るい。
その高揚は、周囲の空気までも押し流していた。
「皆の者、聞いたであろう!」
侯爵は居並ぶ将官たちを見渡す。
「背後の懸案は取り除かれた。もはや憂いなし! 至急、第三総管区へ艦隊を送るのだ!」
だが、その号令に、慎重な声が割って入る。
「……しかしながら」
進み出たのは、第六総管区参謀総長ハルダー元帥であった。
「我が方の艦艇は旧式揃い。しかも、実戦経験も乏しゅうございます。中央政府軍と、仮に兵力が同数となった場合――我らは著しく不利かと」
会議室に、わずかな沈黙が落ちる。
「ええい!」
侯爵は苛立ちを隠さず、声を荒げた。
「煮え切らんやつだ! 戦いとはな、装備や経験ではなく、『意志の力』でやるものよ! 臆病者は引っ込んでおれ!」
その一喝で、議論は断ち切られた。
ハルダー元帥と、その配下の参謀たちは、ユリウスが提案した作戦に内心では強い懸念を抱いていた。
だが、彼らは職務には忠実で、すでに艦艇の招集と再編は進められており、いつでも作戦が開始できるよう準備は整っていた。
こうして――
侯爵の強い要請、いや、強引な意志によって、第三総管区への出兵は正式に決定されたのである。
◇◇◇◇◇
――三日後。
惑星クラウゼンの衛星軌道上には、夥しい数の宇宙艦艇が静かに集結していた。
大小様々な船体が、恒星光を鈍く反射しながら隊列を整える。
そして、第六総管区総軍の最高責任者である侯爵の号令一下、艦隊は星系外縁に向けて一斉に出撃。
そこから計画に則り、次々にワープフィールドが展開され、長距離ワープへと突入していった。
その光景を見つめながら、ある者は勝利を信じ、ある者は胸の奥に拭いきれぬ不安を抱いていた。
この出兵が――
栄光への一歩となるのか、それとも破局への行軍となるのか。
まだ、誰にも分からなかった。
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