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――星間覇道 ――  すべてを失った少年貴族と、それを値踏みする女海賊が、帝国の内乱に関わる話  作者: 黒鯛の刺身♪


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第三十三話……帝国の外に開く門

 聖帝国暦六四四年十月下旬――。


 帝国中央と刃を交える決意を固めたアーヴィング侯爵家の大広間には、侯爵に与する第六総管区の地方貴族たちが集っていた。

 彼らにとって帝国の大義や理想など二の次だ。自らの領地と権益を守ってくれる者こそが、すべてだった。


 広間には、磨き上げられた長卓がいくつも並び、香草を纏った焼き獣の塊、琥珀色に艶めく燻製肉、宝石のように盛られた果実、湯気を立てる濃厚な煮込み鍋、銀盆に整列した海産の珍味が、惜しげもなく供されている。

 名酒は氷で冷やされ、甘く芳醇な香りが、談笑の輪をくすぐっていた。


 その中に、ユリウスたちの姿もあった。


「諸君――!」


 立食パーティーの只中、アーヴィング侯爵が杯を掲げる。

 照明に照らされたワインが赤く揺れた。


「我々は皇帝陛下には弓を引かぬ。此度は奸臣たるノクターン公爵政権を討つ正義の戦いである! 幼帝を擁立し、全宇宙に覇を唱えようぞ!」


 喝采が起こり、銀食器が鳴り、杯が次々と打ち合わされた。


 幼帝――。

 前皇帝の子らの多くは既に亡くなり、その無数の孫たちが有力貴族を後ろ盾に、帝位を巡って水面下の暗闘を繰り広げているという噂が、会場のあちこちで囁かれていた。


「うへっ、旨い!」


 会場の末席では、ツーシームが分厚く切り分けられたロースト肉にかぶりつき、香辛料の効いたソースをたっぷり絡めて頬張っていた。

 黄金色の酒をあおり、次は塩漬けの魚卵に手を伸ばす。


「政治の話より、こっちの方がよっぽどオツだねぇ」


 彼女にとって侯爵の演説など背景音にすぎない。

 並ぶ名酒と珍味こそが、今宵の主役だった。


 やがて照明が落とされ、天井そのものが巨大なスクリーンへと変貌する。

 星図と航路が浮かび上がり、会場のざわめきは静まった。


 侯爵は熱気を保ったまま、作戦説明へと移る。


「……現在、第五総管区の友邦に危機が迫っておる。至急艦隊を編成し、援軍を送りたい。皆はどう思う?」


 沈黙。

 この場で異を唱えることは、侯爵の不興を買うに等しい。


 会場が無言の賛意を示そうとした、その時――。


「侯爵閣下!」


 澄んだ声が響いた。

 ユリウス少年である。


「おお! 辺境の勇者アストレア殿じゃったな。よい、思うところを述べよ」


「はっ。第五総管区へ援兵を送れば、彼我の兵力は拮抗いたします。悪い策ではありません。ですが――より良い手がございます」


 ユリウスは士官から指し棒を受け取り、天井の星図を指し示した。

 それは、この地より第五管区と対称位置にある第三総管区の要衝を突く作戦だった。


「この物資集積地を奪取できれば、兵站線を断つのみならず、第五総管区へ侵攻する中央政府軍を背後から脅かせます」


 会場にどよめきが走る。

 銀盆の上で果実が揺れ、ワインの香りが再び立ち上った。


「素晴らしい……! 若くしてこの着眼、見事じゃ!」


 侯爵は、己が参謀たちの案よりも、少年の策に明確な優位を見出した。

 そして惜しみない賛辞を贈る。


 喝采とともに、再び杯が掲げられた。


「ありがとうございます。……もしお許しいただけるなら、もう一つ、具申したき儀がございます」


 賑わいに満ちた大広間で、ユリウスは杯を置き、一歩前に進み出た。

 香草をまぶした焼き肉の匂いと、甘い果実酒の香りが、なおも空気に残っている。


「なんじゃ? 申してみよ」


 アーヴィング侯爵は、まだ興奮の冷めやらぬ顔で顎を撫でた。


「さすれば……」


 ユリウスの視線が、天井に映る星図へと向けられる。


 彼が語り始めたのは、第六総管区に接する二つの勢力――

 パニキア連邦と人類統合共和国の存在であった。


 帝国中央の方針により、第六総管区のゴチエ大鉱区は、いずれ彼らへ譲渡される予定となっている。


「第六管区の主力が動けば、背後は空きます。その隙を、彼らが見逃さぬとは限りません」


 肉を切る音が止まり、貴族たちの指先から、銀のフォークがそっと離れた。


「……」


 侯爵の参謀たちも、静かに聞き入っている。

 実のところ、この問題こそが、首脳部にとって最重要案件だったのだ。


「つまり――」


 ユリウスは言葉を選びながら続ける。


「パニキア連邦は実のところ、増え続ける人口を養うため、ゴチエ大鉱区の資源を強く欲していると聞きます。もし、そこから安定して莫大な資源が手に入るならば……我らに無理に手出しする理由はなくなりましょう」


「……タダで譲り渡すのか?」


 侯爵の問いに、ユリウスは首を振った。


「いいえ。採掘と精錬の手数料を支払わせ、その上で格安で売却するのです。我らはいくらかの収入を得、彼らは資源を得る。双方に利がございます」


「ふむ……」


 侯爵は低く唸る。


「理には適っておる。だが――誰がその交渉を担うのじゃ? パニキアとの交渉は、建前上は我らの敵である人類統合共和国を通して行われておるのが現実なのだぞ?」


 その問いに、ユリウスは一歩踏み出し、迷いなく言い切った。


「――当然、言い出した私が参ります!!」


「……なんと!」


 会場にどよめきが走る。


 香ばしい料理の湯気の向こうで、貴族たちが顔を見合わせた。

 蛮族が治める未開の地へ赴くだけでも忌避されるというのに、その蛮族たちと、命を賭して交渉に臨む若い貴族がいる――それは驚嘆に値する覚悟だった。


「……よかろう」


 侯爵はゆっくりと立ち上がり、杯を掲げる。


「もし、その交渉を成功させてくれたならば――貴公の望むままの恩賞を授けようぞ!」


「ありがたき幸せに存じます!」


 ユリウスは深々と一礼した。

 その瞬間、会場は万雷の拍手に包まれる。


 銀食器が鳴り、酒が注がれ、再び料理が取り分けられていく。

 その饗宴の中で、一人の少年はすでに――第六総管区の運命を賭けた危険な交渉の舞台へと、ゆっくりと足を踏み出そうとしていた。

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