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――星間覇道 ――  すべてを失った少年貴族と、それを値踏みする女海賊が、帝国の内乱に関わる話  作者: 黒鯛の刺身♪


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第三十二話……分岐の惑星ワーグ

 聖帝国暦六四四年十月初旬――。


 第六総管区の管区長アーヴィング侯爵とその側近たちが、善戦を続ける第五総管区からの同盟要請に頭を抱えていた頃。

 第三総管区と第六総管区の境界近く、見向きもされぬ辺境宙域で、やがて両管区全体を揺るがす「些細な火種」が燻り始めていた。


 第六管区側に属する資源惑星「ワーグ」。

 同惑星の巨額の開発資金は、惑星そのものを担保として、第一総管区の大商人たちから借り受けたものだった。


「いやいや、子爵様のご手腕なら、返済などすぐでしょうなぁ」


 最初は軽口のように聞こえたが――

 莫大な元本に対し、日々の利子は雪だるま式に膨れ上がっていく。


 返済の見込みが消えたと悟ったファイアフライ子爵は、返済猶予を求めた。

 だが返答は冷徹だった。


「お約束通り――惑星ワーグをお渡しください」


「……ば、馬鹿な! 冗談もほどほどにせよ、この成金どもが!!」


 確かに約款には、返済不能の際は「惑星統治権の99年間譲渡」と明記されている。

 しかし、貴族の統治権を商人階級が接収する前例など、帝国史上ただの一度もなかった。


 屈辱に震えるファイアフライ子爵は即断する。


「兵を集めよ! 腐れ金の亡者どもを追い払え!」


 かくして子爵は武力で大商人たちの代理人を排除した。

 だが、大商人たちは日頃から第三総管区の権威ある貴族たちに、多額の献金をばら撒いていた。

 その“投資”は即座に実を結ぶ。


「借金を返せぬ貧乏貴族風情を追い払え!」


 第三総管区の重鎮、アーバイン伯爵。

 彼は大商人たちの要請を受け、支配域全域から艦艇を動員し、即席の遠征艦隊を再編。

 資源惑星ワーグへと、怒涛のごとく迫った。



そして――


「――主砲斉射!!」


 資源惑星ワーグの衛星軌道上に散在するワーグ防衛衛星群。

 それらは旧型ながら、セラミック複合装甲などで外殻を覆われ、容易には崩れぬ「殻」を備えていた。


 青白いビーム光が衛星表面に降り注ぎ、高温の閃光が幾重にも走る。

 しかし、砲撃直後の戦術モニターには、衝撃的なデータが映し出される。


「……装甲、貫通せず。表面温度――三千度到達。膨張によるクラック発生……しかし、まだ動いています!」


 セラミック複合装甲は高熱に晒され、外殻は溶けながらも分子構造を歪ませ、衝撃を散らしていく。

 衛星の回転砲塔が、焦げついた表面を軋ませながら姿勢制御スラスターを噴射し、なおも艦隊へと照準を合わせる。


「くそ……しぶとい!」


 第二斉射。

 第三斉射。


 多勢に無勢、防衛衛星の外殻はついに爆散し、無数の破片となって宙へ散った。

 しかし、破壊までに要した時間は、72時間も要してしまう。


「残存衛星、二基! なお旋回中!」


「撃ち漏らすな、叩き切れ!!」


 巡洋艦や駆逐艦の砲身が赤熱し、最後の防衛衛星が溶断されたとき――

 アーバイン伯爵の旗艦の艦橋ではようやく安堵の息が漏れた。


「ふん……旧式の防衛衛星ごときが、我を手こずらせるとはな……」


 この時間を利用して、惑星ワーグは地上の防衛線を整備。

 伯爵の艦隊から繰り出される揚陸艇群を、巨大な地上砲台で次々に撃破したのだった。




◇◇◇◇◇


「閣下、これ以上の無理押しは、我らに甚大な損害をもたらしますぞ!」


 老執事バースの声が、伯爵の執務艦の作戦室に低く響いた。


「もとを辿れば、この一連の騒動は商人どもの強欲が招いた惨事。ここで我が伯爵家の兵たちの血が大量に流れては、ご先祖様方に申し訳が立ちませぬ。――なにより、帝都の目にどう映るか……」


 アーバイン伯爵は無言で顔をそむけた。

 幼き頃に読み書きを教えてくれたこの執事の言葉が、今ほど胸に刺さったことはない。


 だが――言い返せぬ理由が伯爵にはあった。

 趣味の絵画収集にかこつけて、商人たちから密かに借り受けた莫大な金――その存在は、バースでさえ知らない、伯爵の暗い鎖であった。


「……では、どうせよと申すのだ」


 重い沈黙の末、伯爵は搾り出すように問い返す。

 バースは一歩前へ進み出た。

 その仕草には、かつて幼い主に講義を始めたときの面影が微かに残っていた。


「このように、閣下――」


 資源惑星ワーグは、貴重な天然食料を大量に生み出す巨大農園群が生命線だった。

 バースが示した策は、その農園群に供給される水資源を断ち、惑星の息の根を封じる「静かな包囲」であった。


「よし……やってみよ」


 伯爵が作戦参謀たちに短く命じる。


「はっ」


 こうして伯爵の艦隊は惑星ワーグを遠巻きに包囲、

 わずか六日で、氷塊群を牽引して運ぶ輸送船団を捕捉するに至った。


「……ふふふ、来たな! 捕縛してしまえ!」


「了解!」


 だが次の瞬間、運命が伯爵家を嘲笑った。

 氷塊輸送船団は無謀にも抵抗し、二隻が爆沈。


 そしてその船には――

 アーヴィング侯爵のお気に入りである外戚の令嬢が、見聞を広めるため密かに乗船していたのだ。



「馬鹿者!! なにをやっておる!」


 伯爵は事態を知って、怒号を上げた。

 しかし、覆水盆に返らず。


 支配階級の名誉はいつの世も千金に値し、そして一度零れた血は、政治をも揺るがす火種となる。

 こうして事態はなだれ込むように動いた。


 第三総管区は、「辺境の治安を維持する」と称して――帝国政府中央の介入を誘うことで、第六総管区への対抗策とした。


 対して第六総管区。

 失われた名誉を、今更中央政府に訴え出る気にはなれなかった。


 代わりに彼らは、第五総管区との完全同盟という「外」に救いを求める道を選んだ。


 ――縋る相手を、中央に求める者と、中央を見限り、別の旗に身を寄せる者。

 この小惑星ワーグを巡る些細な衝突が、やがて帝国全土を巻き込む断層のきっかけとなるのだ。


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― 新着の感想 ―
大きな戦争も、最初は小さな衝突から始まるものですよね( ˘ω˘ )
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