第二十六話……裏切りの航路
惑星ルーニーを飛び立った宇宙船は、二度の長距離ワープを繰り返したのち、本来の航路を逸れ、予定にない小さな資源惑星へと降下を開始した。
船内がざわめく。
「……おい、ここは惑星グラウゼンじゃないぞ?」
「どういうことだ……?」
乗客たちが不安げに周囲を見回す中、重い金属音とともにハッチが開かれた。
そこから乗り込んできたのは、統制の取れていない武装集団――荒くれ者たちであった。
先頭に立つ髭の巨漢が、下卑た笑みを浮かべながら一歩進み出る。
手には電気鞭。青白い火花を散らしながら、ぴしりと空を裂いた。
「へへっ……ご乗客の皆さま。これより――レアメタル鉱山で、ありがたく働いてもらいやすぜ」
一瞬、理解できない沈黙が流れた。
「……馬鹿を言え! この船は惑星グラウゼン行きのはずだぞ!」
「そうよ! なんで私たちが、訳の分からない労働なんか……!」
怒号と悲鳴が入り混じり、乗客たちは行政府だ、警察だと口々に叫び始める。
だが――
髭の男は、まるで芝居でも見るように肩をすくめた。
「残念でしたぁ~。あんた方を“売った”のは、行政府のお偉いさんでぇ~す」
そのふざけた口調が、事の残酷さを一層際立たせた。
次の瞬間、賊たちは一斉に動いた。
悲鳴を上げる暇すら与えず、乗客たちの腕に電子手錠が嵌められていく。抵抗した者は容赦なく電気鞭で打ち倒され、床に転がされた。
泣き叫ぶ者、抵抗しようとする者、呆然と立ち尽くす者――そのすべてが、無慈悲に“労働力”へと変えられていった。
当然のように、ユリウスたち三人も例外ではなかった。
「……っ!」
抵抗する間もなく、ユリウスの両手に冷たい金属の感触が走る。
グレゴールも、ツーシームも、同様に拘束された。
「……やられたね」
ツーシームは小さく呟き、悔しそうに舌打ちする。
こうして彼らは――行き先も、帰路も、すべて断たれたまま、未知なる鉱山惑星の地下へと引き立てられていったのであった。
◇◇◇◇◇
二週間後――。
赤黒い粉塵が舞い、硫黄と金属と血の匂いが入り混じるレアメタル鉱山の底で、ユリウス一行は今日も強制労働に従事していた。
頭上には照明代わりの粗末な投光器がいくつも吊るされ、白く冷たい光が岩壁を照らしている。
だがその明かりが照らすのは、希望ではなく――汗と絶望と疲弊した肉体だけであった。
周囲では、ノーム人、元旅客、バイオロイド、身元不明の労働者たちが、死んだような目でつるはしを振るい、鉱石を運び続けている。
足元では誰かが倒れ、動かなくなっても、看守たちは気にも留めない。
看守たちは高台から睥睨するように立ち、手には常に電気鞭。
青白い放電音が、鉱山の空気を裂くたび、誰かの悲鳴が響いた。
「若様……いつか、必ず助けが参ります。それまでの辛抱にございますぞ……!」
グレゴールは、荒れた息を整えながら、必死にユリウスを励ました。
その声すら、粉塵にかすんで震えている。
「……うん、頑張ろう……」
ユリウスは汗と泥にまみれた顔で、かろうじてそう答える。
手の皮は裂け、指からは血が滲み、すでにつるはしを握る感覚さえ曖昧になりつつあった。
その横で、安煙草を咥えたまま、淡々とつるはしを振るう影がある。
ツーシームだった。
「……こりゃずいぶん丁寧に『鉱脈』を削らせるねぇ」
ぼそりと呟きながらも、その動きには一切の無駄がない。
生き延びるためだけに最適化された、産業用ロボットのような所作であった。
「おい、そこ! しゃべる暇があったら、手を動かせ!」
怒声とともに、看守の電気鞭が唸る。
バチンッ――!
青白い閃光とともに、電流がユリウスの横腹を打ち据えた。
衣服は焦げ、裂け、皮膚が破れ、瞬時に血が滲み出す。
「……っ、う……ぐ……!」
ユリウスは痛みに耐えきれず崩れ落ちた。
その頭を、看守の荒々しい軍靴が容赦なく踏みつける。
「わははは! 小僧、寝てる暇なんぞあるかよ!」
岩に額を押し付けられ、視界が赤く滲む。
――生まれながらに貴族であったユリウスにとって、この痛み以上に耐え難かったのは、踏みにじられる尊厳そのものであった。
だが、彼は歯を食いしばった。
泣き叫べば終わる。折れれば、ここで終わる。
そう本能が告げていた。
視界を上げると、周囲では他の労働者たちが、まるで物言わぬ機械のように鉱石を運ばされている。
倒れた者は脇へ引きずられ、生きていようが死んでいようが、その上を他の作業員がまたいで通っていく。
その光景を――坑道の上方、網張りの足場から検分する一団がいた。
その中の一人の顔を見て、ユリウスの胸が凍りつく。
「……あ……」
惑星ルーニーで、ユリウス一行を笑顔で迎え、案内していた饗応役。
その――部下の一人だった。
汚れもなく、汗もかかず、清潔な服を着たまま、帳簿を手に、淡々と“労働力”を確認している。
宴も、贈り物も、別れの笑顔も――すべてが、脳裏を駆け巡っていく。
塵と血と電撃の音が支配する地下で、少年貴族は初めて、本当の意味で――帝国統治の裏側に踏み込んだのであった。




