第二十五話……歓待の檻
晩餐の席には、アーヴィング侯爵家の使節団一行が揃っていた。
席次こそ主賓とは違えど、並ぶ料理は実に豪華である。
黄金色の砂漠薬草スープ、天球貝の冷製、白鱗魚の蒸し焼き、岩角獣の厚切りステーキ――皿が運ばれるたびに香りが広がり、ツーシームはすっかり上機嫌だった。
「こりゃあ当たりだねぇ」
彼女は酒と料理を気の向くまま楽しみ、満腹になった頃にはすっかり酔いが回っていた。
ふらつきながら従者用控室に戻り、いつもの安煙草を一服。
豪華な寝台へそのまま倒れ込むと、瞬く間に深い眠りに落ちた。
――目が覚めたのは、翌日の正午近く。
ツーシームは、豪奢すぎる晩餐の余韻をまだ体内に残したまま、寝台からゆっくりと起き上がるのだった。
◇◇◇◇◇
翌日の午後。
昼食後は実務者レベルの会談に入るため、ユリウスは饗応役の案内で星の外縁部へと足を運ぶことになった。
「この星には、誇れるような観光地は少なくて……」
饗応役はどこか歯切れ悪くそう前置きし、神聖ノヴァ帝国の国教の関係からルドミラの寺院見学が見送られたことを告げる。
代わりに一行が案内されたのは、荒涼とした大地を穿つ巨大な鉱区であった。
赤褐色の地面は何層にも削り取られ、露出した岩肌からは鈍い金属光が覗いている。
掘削機の咆哮が絶え間なく響き、空には粉塵が漂い、油と金属と焼けた土の匂いが重く淀んでいた。
その斜面の縁に――
ノーム人と、人類統合共和国の二級市民と思しきバイオロイドたちが、ずらりと整列していた。
背丈の低いノーム人は顔を伏せ、無機質な目をしたバイオロイドたちは、感情のない視線で前方を見据えている。
「……あ、あの、これは……?」
異様な光景に、ユリウスは声を潜めた。
「子爵閣下への贈り物にございます」
饗応役もまた、小声で答えた。
地方星系の一部には、今なお労働力そのものを“献上”とみなす旧習が残っている。
それを頭では知っていても、現実に“人の列”として突きつけられると、言葉を失わずにはいられなかった。
「……侯爵様へ、ですね?」
そう言うと、返ってきたのは予想外の答えであった。
「いえ。侯爵様へは別にご用意しております。こちらは――使節団長である、子爵閣下へ」
ユリウスは思わず咳き込み、視線を逸らした。
その様子を見て、老臣グレゴールが静かに耳打ちする。
「若様、ここはお断りなさってはなりませぬ。拒めば、この者たちは“不要な財”として処断されかねませぬ。一度お受け取りになり、その後で解放なされるのが最善かと……」
「……わかりました。ありがとうございます」
ユリウスは歯を食いしばり、贈与を受け入れた。
目録に記されていたのは――労働者、一万名。
帝国法のもとで人身売買は禁じられている。
だが、その法は“帝国市民”にしか及ばない。異星人と二級市民は、今なお保護の外に置かれていた。
鉱区と精錬施設を巡った後、一行は異国情緒あふれる高級ホテルへと案内される。
白い壁と金装飾、香木の匂いが満ちた回廊は、先ほど見た鉱区とはまるで別世界であった。
「お荷物は後ほどお部屋へ。どうぞ、ごゆるりと」
夕刻、一行はそのまま祝宴の会場へと招かれた。
そこは大人の社交場と呼ぶにふさわしい空間で、薄絹をまとった踊子たちが、鈴の音を響かせながら艶やかに舞っていた。
しなやかな肢体が灯りに照らされ、肌には金粉がきらめき、甘い香が酒と混じって漂う。
低く流れる弦楽と太鼓の音に合わせ、踊子たちの影が幾重にも壁に揺れる。
その光景は、昼間に見た“奴隷の沈黙”とはあまりにも対照的であった。
「……ぼっちゃんには、なかなか刺激が強い社会勉強だねぇ」
ツーシームはそう言って、頬を赤らめるユリウスのグラスに果実酒を注ぐ。
「私も若いころは、よくステージに立ったもんさ」
「えっ……!?」
「――あはは、冗談さね」
からかわれてむくれるユリウスの横で、老臣グレゴールは、隙あらばユリウスに近づこうとする遊女たちを、鋭い視線だけで次々と遠ざけていた。
鉱区の粉塵、奴隷たちの無言の列、そして夜の踊子の艶やかな笑み。
ユリウスはこの星が抱える富と暴力と快楽の歪な均衡を、胸の奥に重く刻みつけられたような思いで眺めていた。
◇◇◇◇◇
翌日――。
朝からいきなり大宴会であった。
昼にもまた酒池肉林のごとき饗応が続き、夜の晩餐もひたすら豪奢な料理と酒が卓を埋め尽くす。
それが一日二日ではなく、丸一週間も続いたのである。
さすがに老臣グレゴールの顔色が険しくなった。
「若様、そろそろお帰りになるべき時期にございます」
静かながらも、鋭い苦言であった。
「そうかな?」
意外にも、ユリウスは違和感を覚えていない様子で首を傾げる。
そのとき、珍しくツーシームがグレゴールの肩を持った。
「あはは……この饗応はね、坊ちゃんを骨抜きにして、足止めしときたいっていう策略だと思うよ。一体いつまで自分の領地を留守にするつもりなんだい?」
「……え、うん……」
その一言で、ユリウスは心に冷水を浴びせたような感覚が走った。
宴と酒と歓待に包まれているうちに、自分が“帰るべき場所”から引き離されていることに、今さらながら気づかされたのである。
「……善は急げ、だね」
決意は、思いのほか早く固まった。
荷造りを始めた一行に、饗応役が目を丸くして声をかけてくる。
「これはこれは、もうお帰りになられるので?」
「すまないが、領地が一大事なんだ。悪いが帰らせてもらうよ」
「……あ、他の皆さまは?」
「僕たち三人だけ帰る。ほかの皆のことは頼むね」
「かしこまりました」
饗応役は深く一礼した。
どうやら“神輿”であるユリウスだけの離脱なら、それ以上引き止める意味も薄いと判断したのだろう。
ツーシームはその様子を横目で確かめると、そっと隠し持っていた銃から手を離し、胸の内で小さく息を吐いた。
ユリウスは使節団の副団長に後事を託し、三人は急ぎ宇宙港へと向かった。
港は相変わらず混雑しており、軍用シャトルや貨物船がひっきりなしに発着している。
その片隅で、ツーシームは木っ端役人を呼び止めた。
「おい、安い旅客船は空いてないかい?」
そう言って、役人の手に金貨を二枚、そっと握らせる。
役人は何も言わずに端末を操作し、三枚のチケットを差し出した。
さらに、無言でもう片方の手を差し出してくる。
「はいはい」
ツーシームは苦笑して、さらに二枚の金貨を重ねた。
「……すごく上手だね」
思わず感心するユリウス。
「えへへ、褒められちゃった」
ツーシームは振り返り、得意げにグレゴールへと挑発的な笑みを向ける。
「……こ、こやつ……」
「まぁまぁ」
ユリウスは怒りかけたグレゴールをなだめ、三人はそのまま、この星を離れるシャトルへと乗り込んだ。
眩い光と甘美な宴から逃げるように……。
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