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― 潜伏する影 ―第九章 三角の牽制


茜が仕掛けた**「硫黄の臭いのついた偽情報」**は、狙い通り、豊後の支配を巡る三つ巴の緊張を劇的に高めた。黒田長政の密偵は、偽情報に踊らされ、細川忠興の領地に近い豊前国境の山中を、執拗に探索し始めた。

そして、この動きを逃さなかったのは、もちろん細川忠興の忍びであった。

細川の視線

豊前国境。雪がちらつく山中で、細川家の忍びは、黒田の密偵が怪しい動きをしているのを何度も目撃した。彼らが必死に探しているのは、かつて大友宗麟が南蛮ルートとして使ったという**『隠された窓口』**だ。

細川忍びの頭目は、即座にこの情報を忠興に報告した。

「殿、黒田の兵は、豊前の国境で何らかの財宝を探している模様。その動きは、加藤清正の忍びが以前見せたものと酷似しています。」

細川忠興は、関ヶ原の功績で肥後の一部を得たばかりで、隣接する黒田長政や加藤清正との関係は常に危うい。彼は、黒田が豊後の富を得て、勢力を拡大することを最も恐れていた。

(黒田め、裏で大友の金銀を我が物にしようとしているのか。それが本当なら、細川家はここで動かねば、九州の覇権を失う。)

細川忠興は、黒田との正面衝突は避けたいが、大友の遺産を看過することはできない。彼は、黒田の動きを牽制するため、豊後国境への兵力の増強を密かに指示した。

地底の監視者

この一連の動きは、すべて地下深く、大友忍軍の臨時司令所に詳細に報告されていた。

茜の情報網は、老薬草商人を起点に、湯治場を通じて国境の警備兵や下級の密偵たちにまで張り巡らされている。彼らは、わずかな情報の断片を、隠し湯の岩や、山中の目印に残していった。

伝兵衛は、松明の灯りの下で、黒田、加藤、細川の兵力配置図を前に、静かに微笑んでいた。

「見てみろ、茜。黒田長政は、加藤清正の動向を疑い、さらに細川忠興の牽制を受け始めた。彼らは、互いに豊後の**『影の遺産』**を先に手に入れようと、三方向に兵力を分散させている。」

地図上には、三つの大名家の兵力が、国境沿いに、まるで三角を描くように互いを威嚇しながら配置されていた。

伝兵衛の戦略は、完璧に機能していた。

「加藤清正の忍びは、一度撤退したものの、豊前の裏から再びこの乙原の谷を探る動きを見せています。彼らは、我々の秘匿銃の存在を『大友の呪い』と信じている。」

「それで良い。」伝兵衛は頷く。

「彼らが、我々の火薬技術を本気で恐れている限り、この谷に大規模な兵力を送り込むことはない。彼らは、少数の精鋭忍びによる奇襲を何度も試みるだろう。だが、我々はすでに、彼らの戦術を読み切っている。」

影の力の温存

伝兵衛は、再び地下の金銀と火薬の備蓄に目を向けた。

「黒田、加藤、細川。彼らがこのまま互いに牽制し合えば、彼らの武力と財力は、徐々に疲弊していく。」

彼らの目的は、決して大友義統の再興という夢物語ではない。彼らの戦いは、**「豊後の独立」**という、より現実的な目標のためだ。

「この火薬は、彼らが互いに消耗し、手が出せなくなった時にこそ、最も高値で取引できる。あるいは、豊後の村々を護るために、最も効果的に使える。」

茜は、伝兵衛の冷徹な判断に感服した。彼らは、単なる忍びではなく、乱世の動向を計算し尽くす戦略家となっていた。

「私たちの影の国は、地下に潜ってより強固になりました。誰も我々を把握できない。そして、誰も我々の持つ真の力を知らない。」

伝兵衛は、闇の中で、わずかに光を放つ秘匿銃の銃身を撫でた。

「そうだ。我々は、この三角の牽制が崩れる、**『均衡の崩壊点』**を待つ。その時こそ、大友忍軍が、影の支配者として歴史の暗部に介入する時だ。」

大友忍軍は、地上の大名たちが互いに引く不信の糸を、地下から静かに、そして慎重に操り続けた。彼らの孤独な潜伏は、豊後の運命を、新たな局面へと導きつつあった。


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