表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

潜伏する影 ―第五章 地の底の番人


石垣原の戦いから、季節は一つ巡り、冬の寒さが豊後の山々を覆っていた。

別府の湯けむりが立ち上る乙原の谷は、大規模な火災の跡地として、完全に人々に忘れ去られていた。黒田如水の家臣たちは、一度の捜索で「無価値」と判断し、二度とこの地を訪れることはなかった。

しかし、その焼け焦げた地表の遥か下、宗麟が築いた秘密の地下空間では、五人の大友忍軍が、息を潜めて生活していた。

地下空間は、自然の岩窟と人力による掘削が組み合わされた、巨大な隠れ里となっていた。地熱を利用した換気システムと、温泉を引いた貯水池があり、生活に必要な最低限の環境は整っている。

伝兵衛は、松明の炎が揺れる貯水池のほとりで、**“秘匿銃”**のメンテナンスを行っていた。彼は、南蛮の技術書を基に、銃身の油入れ、火薬の再乾燥、そして弾丸の鋳造まで、すべてを自らの手で行う。

「火薬の湿気は問題ないか、伝兵衛。」

岩陰から、くノ一・茜が声をかけた。彼女は、地上の偵察を終え、特殊な煙道を通って地下に戻ってきたところだった。

「問題ない。ここ数日は湿気が少ない。しかし、我々の『在庫』は、これ以上は増えん。外に出るには、危険が大きすぎる。」

火薬の在庫。それが、彼ら大友忍軍が守り抜く、豊後の未来であった。彼らは、ここで製造を続けることはせず、宗麟が残した資源を最大限に保全することに専念していた。

茜は、汚れた黒装束を岩場の陰に置き、湯気で暖められた簡素な休憩所に腰を下ろした。

「地上の様子は、悪化している。黒田軍は、大友の残党狩りを名目に、豊後の村々から資源を徴収している。そして、加藤清正の忍びも、まだ完全に撤退したわけではない。」

茜が持ち帰った情報は、地下の松明の光をさらに暗くする。

「加藤清正の忍び?彼らは、なぜまだ豊後に残っている?」伝兵衛の目が鋭くなった。

「単なる残党狩りではない。彼らは、我々が守り損ねた**『大友の影のネットワーク』**を探している。宗麟様が南蛮貿易で培った、堺や京との繋がり、そして、島津や毛利への『秘密の窓口』を。」

宗麟の**「影の国」は、単なる金山ではない。それは、西国大名同士を繋ぐ、情報と密貿易の『蜘蛛の巣』**だった。

伝兵衛は、銃の手入れを中断し、地図を広げた。

「黒田如水は、戦が終わればすぐに隠居するはずだ。問題は、その後だ。如水の息子、黒田長政が、豊前の領主として豊後を統治する。長政は、清正や細川忠興と、九州の覇権を争うことになる。」

「つまり、豊後は、これから始まる争いの火薬庫になる、ということですね。」茜が地図を見つめながら言った。

伝兵衛は立ち上がり、静かに岩窟の奥、金銀が積まれた場所に目をやった。

「我々は、ただの番人ではない。私たちは、この影の遺産を、最も価値ある瞬間に使うための管理者だ。」

「最も価値ある瞬間、とは?」

「九州の戦国時代が、再び大きく動く時だ。黒田、加藤、細川、そして島津。彼らが、互いに血を流し、弱った時。その時こそ、我々大友忍軍が、この金と火薬を、豊後のために**『投資』**する時だ。」

伝兵衛の瞳には、地下の松明の光とは異なる、冷徹で計算高い炎が宿っていた。

彼の計画は、表面的な忠誠心を超越したものだった。大友氏の再興という甘い幻想ではなく、豊後の地そのものの独立と平和を、影から実現させるという、壮大で孤独な戦略であった。

「茜。しばらく、地上での活動を控える。まずは、この地下の隠れ里を、完全な**『情報拠点』**として構築し直す。」

「承知いたしました。地の底の番人として、我々は静かに待ちましょう。」

茜は深く一礼し、再び暗闇へと消えていった。

伝兵衛は、再び銃の手入れに戻る。硫黄の匂い、火薬の匂い、そして岩窟の冷たい静寂。この地下こそが、今や大友忍軍の、そして豊後の真の心臓部となっていた。

彼らは、歴史の光が届かない場所で、静かに、次の時代の主役となる日を待ち続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ