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石垣原の影 ―第四章 敗北の後の誓い


慶長五年九月十五日。

石垣原の戦いは、大友義統が黒田如水に降伏するという形で終結した。歴史は、大友氏の「滅亡」をもってこの戦を記録するだろう。しかし、別府の山奥、乙原の谷に潜む者たちにとって、それは終わりではなく、新たな**「始まり」**を意味していた。

谷の奥深く、硫黄の蒸気が立ちこめる温泉の岩窟。ここが、大友忍軍の臨時司令所となっていた。

伝兵衛と茜は、岩窟の壁に灯された松明の薄暗い光の下、顔を突き合わせていた。二人の前には、精巧な地図が広げられている。それは、豊後の主要な道筋と、宗麟が築いた隠し金山のネットワークを記したものだった。

「石垣原の敗報は、すでに里に届いています。義統様は降伏し、黒田の軍勢が豊後国内に散らばり始めたと。」茜が低い声で報告する。

伝兵衛は地図の一点、谷の奥にある「金山」のマークに指を置いた。

「我々大友忍軍の使命は、義統様を護ることではない。宗麟様が**『豊後の未来』**のために秘匿した、この資源――金銀、火薬、そして技術を、いかなる権力者にも渡さぬことだ。」

豊後の富は、天下分け目の関ヶ原の戦いにおいて、西軍の毛利や島津が欲しがる**「喉仏」**であった。黒田如水は、その富を得て、九州の支配権を確立しようとしているに違いない。

「黒田の斥候は、石垣原の敗戦に乗じて、必ずこの谷を再び探りに来る。昨夜の五人組は、その前哨に過ぎん。」伝兵衛は断言した。

「里の者たちは、どうしますか?」茜が尋ねる。

里に住むのは、採掘に従事する者、鍛冶師、そして火薬精製技術を持つ者たち。彼らは戦いの専門家ではない。

「里の者は、すぐに湯治場を装った**『湯の抜け道』から、山深くへ避難させる。そして、我々大友忍軍の精鋭五名で、谷全体を『偽装』**する。」

伝兵衛の言う**「偽装」**とは、資源の存在を完全に消し去るための、壮絶な計画だった。

数刻後、谷は凄まじい熱気に包まれた。

伝兵衛の指示の下、忍びたちは、採掘所への坑道の入口に、大量の硫黄を詰めた布袋を仕掛けた。硫黄は、温泉の熱によって常に発火寸前の状態にある。

「伝兵衛。本当にこれをすべて燃やすのですか?」茜が信じられないといった表情で尋ねた。

それは、大友家が長年蓄積した、莫大な富の源泉そのものである。

伝兵衛は、火縄銃の火縄とは別に、長く燃え続ける導火線を硫黄の山に繋ぎながら答える。

「すべてではない。燃やすのは**『偽りの入口』だ。黒田の斥候に、この谷は単なる『硫黄採掘場』**であり、すでに大友の資源は燃え尽きたと思わせる。」

もし金山が発見されれば、豊後全体が戦乱に巻き込まれる。伝兵衛の目的は、谷を無価値に見せかけることで、黒田の興味を失わせることだった。

「そして、本物の**『影の国』**は、さらに深く潜る。」

導火線が長く伸び、湯気の向こうへと消えていく。伝兵衛は、大友忍軍五人の精鋭を前に、最後の指示を下した。

「我々は、今から**『影の遺産』を守る『地の底の守護者』となる。里の者たちと、里の資源を守り、いつの日か大友の名**を再び掲げる日を待つ。」

その夜、石垣原の敗戦の報に沈む豊後の空の下、乙原の谷から、巨大な炎が噴き上がった。

ゴオオオオオ……!!

硫黄が燃える、毒々しい青と黄色の炎が、夜の闇を焼き尽くす。猛烈な熱と、鼻を突く毒ガスが谷全体を覆い、辺りは誰も近づけない死の空間となった。

黒田の斥候が谷の入口に到達したとき、彼らが見たのは、すべてが燃え尽きた、荒れ果てた**「ただの硫黄山」**の残骸だけだった。

「撤収だ。価値はない。大友の資源は、すべて灰燼に帰したようだ。」斥候の頭目はそう判断し、踵を返した。

しかし、炎の真下、誰も気づかない岩の隙間から、伝兵衛と茜、そして三人の忍びが、静かに地底へと潜り込んでいた。

彼らが辿り着いたのは、宗麟が南蛮の知識を用いて構築した、地下深くの巨大な空間だった。そこには、金銀の延べ棒、精製された最高級の火薬、そして未来の豊国を担うはずだった技術書が、まるで宝物のように安置されていた。

伝兵衛は、松明の光に照らされたその光景を見上げながら、静かに誓った。

「石垣原で、大友の武士は敗れた。だが、大友忍軍は、この影の国と共に、滅びてはいない。」

茜もまた、決意の光を瞳に宿す。

「私たちは、この影の遺産を護り、次の戦いの火種を絶やさない。いつか、この火薬が、豊後の独立のために使われるその日まで。」

大友忍軍は、歴史の表舞台から完全に姿を消した。彼らは、敗北した主君の**「影」となり、「地の底」**から、天下の動乱を見つめ続けることになる。

こうして、大友忍者戦記の第一部、**「石垣原の影」**は、表の歴史とは異なる、静かなる勝利をもって幕を閉じた。彼らの孤独で長い潜伏の戦いが、今、始まる。



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