― 潜伏する影 ―第十七章 均衡の呪縛
大友忍軍による**「地の恵み」の施策は、黒田長政の統治能力に決定的な打撃を与えた。豊後の民衆は、長政の重税に苦しむ一方で、地下の「大友の影」**に希望を見出し始めた。これにより、長政は豊後の内政安定に資源を集中せざるを得ず、国境への兵力をさらに減らすことになった。
この状況は、加藤清正と細川忠興にとって、豊後へ介入する**「最後の好機」**に見えるはずだった。しかし、伝兵衛は、彼らにその一歩を踏み出させないための、究極の抑止力を用意していた。
それは、三大大名が互いに**「運命共同体」であると錯覚させる、『均衡の呪縛』**であった。
三通の密書
伝兵衛は、影の遺産である金銀を惜しみなく使い、京の闇ルートを通じて、極秘の密書を三通用意させた。筆跡、紙質、そして用いられた家紋の匂いに至るまで、完璧に偽装されている。
この三通の密書は、同時に、三人の大名(黒田長政、加藤清正、細川忠興)の**「最も信頼できる側近」**の元へ、夜陰に乗じて送り届けられた。
密書の概要:
* 黒田長政への密書: 「細川忠興は、加藤清正と密約を結び、黒田家を南北から挟撃し、豊前を奪う計画を進めている。その見返りに、宗麟の隠し火薬技術を清正に渡す手筈だ。」
* 加藤清正への密書: 「細川忠興は、黒田長政と水面下で和睦し、両者で手を組んで肥後の北側(清正の領地)に圧力をかける準備を進めている。細川は、その見返りに、宗麟の隠し金山の一部を長政に譲る予定だ。」
* 細川忠興への密書: 「黒田長政は、清正の技術への貪欲さを利用し、清正と組んで、細川家の領地侵食を企てている。両者は、豊後を分割し、その勢いで細川領を脅かす計画だ。」
疑心暗鬼の極点
この密書は、大友忍軍がこれまでに流布してきたすべての偽情報と事実を巧妙に組み合わせた、究極の**『毒』**であった。誰もが知る「対立」を背景に、「あり得るかもしれない裏切り」を匂わせることで、その信憑性は極めて高くなる。
三大大名は、それぞれが最も警戒していた**「最悪のシナリオ」**が、実際に進行している証拠だと受け取った。
* 黒田長政は、細川と清正の挟撃の可能性に、豊前の反乱どころではない、領地全体の危機を感じた。彼は、国境の兵力を動かすどころか、自領の防衛と情報収集に全力を傾け始めた。
* 加藤清正は、技術を欲するあまり、黒田と細川が結託したという事実に激怒。彼は、豊後侵攻の計画を一時凍結し、領地の防衛態勢を最優先せざるを得なくなった。
* 細川忠興は、黒田と清正に挟まれる恐怖から、即座に黒田・清正の両国境に、情報収集のためのさらなる警戒網を張り巡らせた。
地底の勝利
結果として、三大大名間の相互不信と警戒は、頂点に達した。彼らは、互いに監視し合い、牽制し合うことで、豊後という不安定な地への**「力の投射」**を完全に停止させた。
誰もが、隣国の裏切りを恐れ、兵力を自領の防衛に集中させたため、豊後は事実上、**「勢力の真空地帯」**となったのだ。
地下司令所。伝兵衛は、三大大名の動きが、彼の意図した通り、**硬直状態**に入ったことを確認した。
「成功だ、茜。これで、豊後を巡る戦いは終結した。彼らは、自分たちが互いに手を出すことが、自己破滅を意味すると知った。誰もが隣人を恐れ、互いに監視し合うこの状態こそ、宗麟様が望んだ豊後の永続的な平和だ。」
茜は、岩窟の壁に広げられた地図に、黒田、加藤、細川の兵力が、互いを刺し合うように静止している様子を見つめた。
「彼らは、我々大友忍軍が仕掛けたこの**『呪縛』から、永久に逃れられぬ。この均衡を破ろうとする者は、必ず隣人から、あるいは影の銃**によって討たれるでしょう。」
伝兵衛は、秘匿銃を手に取り、その銃身に、彼らの長い戦いの証である小さな傷をつけた。
「我々は、地の底に、影の国を築いた。金銀は豊後の民のために、火薬は抑止力として、そして技術は、この均衡を維持するための監視の目として使い続ける。」
大友忍軍の孤独な戦いは、武力ではなく、情報と謀略によって、ついに豊後の地を戦乱から守り抜いた。彼らは、歴史の表舞台に名を残すことはない。だが、豊後の地は、この**「影の支配者」**たちによって、平和と静寂の時代を迎えることとなった。
終章 影の支配者
豊後国、乙原の谷。
その後、数十年もの間、この地は他の九州の領土とは一線を画した、異様な静けさと安定を保ち続けた。黒田長政、加藤清正、細川忠興の三大大名は、互いに密約を恐れ、豊後への直接的な介入を完全に諦めた。
彼らの治世が続く中、豊後の民衆は、長政の統治に従いつつも、困窮するたびに現れる**「大友の影」**からの援助を、精神的な支えとした。
そして、乙原の谷の地下深くに潜む大友忍軍の五人は、地の底の番人として、宗麟の遺産と、豊後の平和を、世代を超えて護り続けた。
彼らの存在は、歴史書には一行も記されない。だが、その秘匿銃の音と、影の謀略こそが、豊後の地を戦国の嵐から守り抜いた、真の支配者の証であった。
― 大友宗麟の忍者 パート1 完 ―
これにてエピソード1は完結です。
読んで頂きありがとうございます。
続編も執筆中ですので、よろしければ続けて読んで感想等のコメントを頂けるとありがたいです。
それでは失礼致します。




