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― 潜伏する影 ―第十六章 地の恵み


黒田、細川、加藤の三勢力が、伝兵衛と茜が仕掛けた**「技術の陽動」と「内政の毒」**により、互いに警戒と消耗の渦中に沈んでいる。豊後国境の緊張は続いているものの、どの勢力も大規模な介入を仕掛ける余裕を失っていた。

大友忍軍は、この絶好の機会を、単なる安全確保のために使うつもりはなかった。彼らが目指すのは、豊後の民衆に対して**「大友の影は、貴方たちを護っている」**という、確固たる信頼を植え付けることであった。

これは、長政の統治の正当性を根底から崩し、影の国を民衆の心の中に築くための、最も重要な工程であった。

地上の飢餓と地下の富

長政が豊前の反乱鎮圧に兵力を割いた結果、豊後の旧大友領の村々では、警備の目が薄れた一方、年貢の取り立ては依然として厳しく、村人たちの生活は困窮していた。特に冬の厳しさが去った後の春は、種籾と食料の不足に苦しむ村が多かった。

伝兵衛は、この民の飢餓こそが、彼らが持つ**「地の恵み」、すなわち宗麟の遺産**を使うべき時だと判断した。

「民の支持を得ずして、影の国は持続しない。我々が守り続けた金銀は、今こそ民を救うために使われるべきだ。」

茜が、地下の備蓄を確認した。「海賊衆との取引で残った金銀は、まだ十分あります。しかし、露骨な施しは、長政の耳に入る。」

「施しではない。これは、**『宗麟様からの恩恵』だ。そして、長政の失政を際立たせるための『演出』**でもある。」

湯けむりの奇跡

伝兵衛が選んだ標的は、かつて苛烈な年貢徴収の舞台となり、今は食料不足に苦しむ、乙原の谷に近い小さな山村であった。

その村では、代官の間瀬庄兵衛(すでに長政に拘束され失脚)の後任として来た新たな代官が、長政の命令通り、春の種籾まで厳しく徴収しようとしていた。

作戦決行の夜。

伝兵衛と茜、そして残りの三人の忍びは、地下の抜け道から村外れの古井戸の裏手に潜んだ。彼らは、海路で京から入手した精米と種籾を、小さな俵に分けて準備していた。

村の長が年貢の催促に怯える中、深夜、村の古井戸の周りに、硫黄の臭いと共に、二十俵の米と種籾が、まるで**「天からの贈り物」**のように置かれていた。

俵には、大友宗麟が洗礼を受けた際に用いたとされる、十字架の紋章が刻まれた小さな木札が添えられていた。

呪いから祝福へ

翌朝、村人たちはこの**「奇跡」**に驚愕した。

「これは…大友様からの恵みだ!」

「宗麟様は、我々を見捨てていなかった!」

彼らの間では、「石垣原で滅びたはずの大友宗麟公の魂が、豊後の民の窮状を見かねて、地の底から恵みを送ってくださったのだ」という噂が一瞬にして広まった。

この噂は、長政の「大友は滅びた」という宣言と、彼の重税による「民の困窮」という現実を、鮮烈に対比させた。

そして、この「奇跡」の噂が、細川や加藤の忍びの耳にも届いたとき、彼らは**「大友の遺産」**が、単なる金銀火薬だけでなく、民衆の心という最も強固な基盤を築き始めていることに、初めて気づき始める。

彼らは、地底に潜む大友忍軍の目的が、単なる再興ではなく、豊後の独立と民衆の支持にあることに、慄然とした。

伝兵衛は、再び地下の松明の光の中で、茜と共に、遠見鏡を覗きながら、村の様子を観察していた。村人たちが、歓喜の表情で米を分け合い、種籾を抱きしめている姿が見える。

「これで、長政が何をしても、民の心は我々大友の影から離れぬ。長政の施政の失敗と、我々の地の恵み。これが、影の国の礎となる。」

茜は、深く頭を下げた。

「この豊後の地は、もはや武力や金銀だけで支配できる土地ではありません。大友忍軍の**『影の支配』**が、ついに完成しました。」

伝兵衛は、手にした秘匿銃を、静かに岩の上に置いた。

「いや、まだ終わっていない。我々は、この影の国を、九州の戦乱から完全に切り離す、最後の**『結界』**を張らねばならん。我々が真に目指すのは、豊後の永続的な平和だ。」

彼らの、静かで孤独な**「影の戦い」**は、次なる、そして最も困難な段階へと移行する。それは、三大大名の間に、恒久的な停戦を強いるための、究極の謀略であった。



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