― 潜伏する影 ―第十三章 南蛮の遺産
黒田長政が豊前の火種鎮圧に追われ、九州の三大大名が互いの牽制に忙殺されている間、乙原の谷の地下空間は、外界の喧騒とは隔絶された、静かな**「研究室」**へと変貌していた。
伝兵衛の指揮の下、大友忍軍の五人は、宗麟が秘匿した最も重要な遺産――南蛮の知識と技術書の解読と応用に取り組んでいた。彼らはもはや、単なる戦闘集団ではなく、豊後の未来を担う技術者集団となっていた。
地底の工房
地下の最奥部、地熱で常に暖められた岩窟には、宗麟が南蛮人やイエズス会宣教師から極秘に入手したとされる、ラテン語やポルトガル語の書物が積まれていた。その中には、火薬の改良法、遠隔操作の機械仕掛け、そして**『光学』**に関する図面が含まれていた。
伝兵衛は、自身が背負う**“秘匿銃”**の製造過程を通じて、南蛮の技術に最も精通していた。
「宗麟様は、この知識を、日本の戦術を変えるための**『絶対的な力』**として隠された。我々は、これを単なる書物で終わらせてはならん。」
彼が特に着目したのは、**「遠見鏡」**の図面であった。これは、後の時代の望遠鏡の原型のようなもので、ガラスの曲率を利用して遠方の敵を正確に視認する技術だった。
「茜。お前は、湯治場からの帰還の際、堺を通じて**『精密なガラス』**の入手を試みよ。金に糸目はつけぬ。」
日本のガラス製造技術はまだ稚拙で、遠見鏡に必要な透明度と曲率を持つレンズを作ることは不可能に近かった。しかし、京や堺の南蛮商人ルートならば、密かに輸入された品を入手できる可能性がある。
秘匿銃の進化
一方、伝兵衛自身は、火薬の改良に全力を注いでいた。
地下の温泉から採取される高純度の硫黄と、人工硝石の配合を微妙に変えることで、彼は**「無煙火薬」**の開発を目指していた。
通常の火縄銃が発射されると、凄まじい白煙が立ち昇り、射手の位置を敵に即座に悟られてしまう。鷹ノ巣での成功は、奇襲によるものだ。大規模な戦闘では、この煙が致命的な弱点となる。
「この火薬の調合を変えれば、煙を減らせるはずだ。煙が消えれば、秘匿銃は、**『姿の見えない呪いの銃』ではなく、真の『最強の狙撃武器』**となる。」
伝兵衛は、夜通し、小さな壺の中で硫黄と硝石を混ぜ合わせ、地熱を利用して加熱し続けた。失敗すれば、地下空間全体を吹き飛ばしかねない、命がけの作業だった。
その隣では、残りの忍びたちが、宗麟が考案した**「自動落石装置」や「硫黄ガス噴射装置」**の図面を解読し、地下壕の防衛システムを強化していた。彼らの工房は、静かながらも、未来の戦場を変える技術開発の最前線であった。
湯の煙の向こう側
数週間後、茜は、別府の湯治場から、布に厳重に包まれた二枚のガラスレンズを携えて戻ってきた。それは、京の商人から、法外な金と引き換えに入手した、南蛮製の精密なレンズであった。
「これが、私たちが目指す**『目』**となる。」
伝兵衛は、早速、地下で待機していた鍛冶師出身の忍びに命じ、レンズを固定する簡素な筒を製作させた。
完成した**遠見鏡(望遠鏡)**は、荒削りではあったが、地上の状況を地下からでも、驚くほどの精度で捉えることを可能にした。
伝兵衛は、それを試しに、換気用の縦穴から地上に向けた。遠く離れた黒田軍の砦が、まるで目の前にあるかのように鮮明に見える。兵士の動き、持ち物、顔の表情までが判別できた。
「素晴らしい……。これがあれば、我々は、敵の警戒網の外側から、すべての動向を掌握できる。」
そして、その夜。伝兵衛が長年の試行錯誤の末に完成させた、無煙に近い火薬の試作品を、地上の試射場で試した。
ドッ。鋭い発射音は響いたが、立ち昇る煙は、これまでの火縄銃の十分の一以下。すぐに湯気と夜闇に溶け込んだ。
「成功だ。これで、我々は、音だけを残し、姿を消すことができる。」
大友忍軍は、南蛮の遺産を継承し、情報戦と火力において、九州のどの勢力も持ち得ない、絶対的な優位性を確立した。彼らの影の国は、もはや単なる隠れ家ではない。それは、次代の戦術を生み出す、**「地の底の軍事研究所」**となっていた。
次回、南蛮技術で武装した伝兵衛は、遠見鏡と改良火薬を使い、細川忠興の動きを牽制し、彼らを豊後の泥沼から引き離すための、新たな謀略を実行します。




